過ぎた話 理蝶
ぼくは わかった
いいや、大したことはないよ
ぎこちなかった訳とか
あの日の君が何を思ってたかとか
そんなこと
ぼくは わかった
たぶん、大したことはないよ
つかれてた嘘とか
君の嘘が何を守っていたかとか
そんなこと
なにかがわかった途端
からだのどこかが透き通る
そして通り抜けてゆくんだ
わからないままでも
きっと生きてゆけたようなことが
からだじゅうに広がる
しびれ 甘み たしかな火照り
ああ これがたぶん、ユリイカ
いつかの天才の気持ちも
今ならわかる気がする
裸はまだしも
下着でベランダくらいなら
出てもいい気がしてくる
わかるって
それくらい勢いのあること
わかって すっとして
わからなくなって もだえて
なんにもわかってなかったことがわかって
またわかって、かわって
くりかえす
生まれくる季節とともに
ふるびながら あたらしくなって
ひとみが いっそう深くなって
いつか そのひとみが
しんとした
ふるさとの海のようにしずまった時
本当にぼくがわからないといけなかったことが
ようやくわかるのだろう
そして わかったそばから
ひとみから 光は消えて
最後の深みへと
人は沈んでしまうのだろう
人はそういう切ない生きものなんだろう
なんて
なんだか悟った気になるベランダ
夕風がつめたい もちろん服は着ている
めったに吸わないけど煙草がほしいな
ただなんとなく
ひとみの海は ゆらゆらと波打って
ときおり まぶたの浜に
ぽろぽろと打ち寄せる
頬に 熱いものが過ぎ
その跡に 冷えた小径ができる
ぼくは わからない
どうして 今になって
君のことなんか 思ったりしたのか
ぼくには わからない
たぶん、大したことはないよ