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スレッドNo.3973

しのぶもぢずりの花  上田一眞

ピンクの野花がテーブルを飾り
お花畑になった

くるり くるり 
と 花茎にそって螺旋状につく無数の花冠
ひとつの大きさは五ミリほどだろうか
実に愛らしい

娘が摘んできた沢山のネジバナ
小さいけれど
これも 蘭
カトレアや胡蝶蘭と同じ仲間だ

七月 娘の誕生日を迎える頃
毎年 ロゼット状の葉っぱから
つんと伸びた花茎にピンクの小花をつける

初夏をいざなう花の香
ネジバナの季節だ


 この花 別の名をもつ
 忍捩摺(しのぶもぢずり)
 なんと風趣に富む名なことか
 こんな歌がある

  陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 
  誰(たれ)ゆゑに
  乱れそめにし われならなくに *1

 歌人は
 千々に乱れる心 忍ぶ恋のあり様を
 花柄に見たのであろう

 耳を澄ませば 
 遠く
 平安の時代 陸奥 信夫の地に因んだ *2
 いにしえ人の声が聞こえる

 忍ぶ恋の苦しさ
 甘さが 匂うように届く
 

娘はこのネジバナが好きで
よく 庭に咲いた花を摘んでは
花瓶に放り込んで
飾っていた

ある年 誤って
除草剤で庭のネジバナを全部
枯らしてしまった
大失態

娘は悲しんだが その後
花季(かき)になると
湖畔の草叢へ行き
ネジバナの花を摘んで来るようになった

知ってか知らずか
ネジバナの花言葉は〈思慕〉
恋の花を飾る娘
その 切なげな姿が愛おしい

父の知らぬ間に
手弱女に成長した娘
さては 忍ぶ恋を覚えたか


 陸奥の信夫の地でも
 ネジバナは
 いや しのぶもぢずりの花は
 今は盛りと
 咲き誇っている




*1 河原左大臣こと源融(みなもとのとおる)
 作 古今集より
*2 信夫(しのぶ)は福島県信夫郡のこと

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