感想と評 5/17~5/20 ご投稿分 三浦志郎 5/25
1 巣本趣味さん 「連作三編 清らかな猫の唄」 5/17 初めてのかたなので今回は感想のみ書かせて頂きます。
よろしくお願い致します。結論から申しますと解釈的なことは全くわかりません。というよりも、この詩はわからないように書かれているということです。作者さんは自分なりの必然があって書いているのかもしれませんが、第三者・他者的読み手は(わからない)と思う。こういった詩はそういうものでしょう。こういった種類の詩を書くかたは、詩人でも、又別の才能を持っていると僕は考えています。多少分析的になりますが、比喩表現や言葉の組み合わせはかなり突飛なのですが、それを支えてバックボーンとなっている文体というか、構文は意外とオーソドックスに展開しているのがわかります。オーソドックスと言えば、「Ⅲ」が一番それに近いものを感じました。
ところで、掲示板冒頭の「掲示板ご投稿に関するお願い」を一読ください。「MY DEAR」はこういう処です。この作品は僕は少しタイプが違うようにも思いました。ただ初回だけでは何とも言えませんので、軽く書くに留めます。対して、5/1付「完璧な日々」は此処の範疇にあるようです。このあたりの作風や趣向設定の指針をどうするか?作者さんにおかれましては、ご自分の作風との相性を考えてお決めください。
2 森山 遼さん 「君 僕 わたし」 5/17
まず5/16付、水無川氏の森山さん作「永遠の影」の評を引用します。そしてホンネで書きます。
「同じ語が繰り返されていく表現は、人によって評価が分かれるかもしれませんが、(以下略)」
全くその通りです。そして僕はこのこと(同じ語が繰り返されていく表現)の反対派に属します。
連呼の句を全て除外して書いてみました。
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「君 僕 わたし」
僕は こうして 生きてきた
愛する
なぜ
生きる
あなた
生きて
あなた
信じる
あなた 生きる
わたし うれしい
君 いきて
永遠
そこにある
見て
永遠 見て
わたし 悲しい
そうして 僕とあなた
生きる
幸せ
君も僕も 手をつなぎ
ここに座って
立ち上がり
ダンス 幸せに 踊る
ありがとう
君 僕 わたし
〇 原文は全28行
連呼句と2行連続句がざっと20行あります。
強調としての1句、2句ならば問題ないが、これは明らかに多過ぎです。
終わり近く、わずかにフレーズ感あり。ですが少ないです。
それと、いわゆる「助詞抜き」も少し気になる。
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何故こうしたか、というと連呼句が障害となって、上手く内容が掴めなかったからです。
おそらく、これがこの詩の芯、と僕は思っています。感知されることは永遠を含めた両者のパートナーシップのことでしょう。それ以上細かくは入り込めませんでした。おそらく言葉がブツ切れ状態でフレーズで繋がっていないからです。当然、詩の*歩留まり率も下がります。それに連呼句が加わると理論上、歩留まり率はさらに下がります。この現象は抽象とは違うと思います。
端的に例を出すと―
「なぜ なぜ なぜ」
「生きる 生きる 生きる」
「あなた あなた あなた」―こういったものです。
僕のエリアに投稿する場合、こういった書き方はやめて頂きたい。あまり良い癖とは思えません。
さて、それだけではキツイので、今後の策としては―
① ストーリーを書いてみる。 ② 叙景をしてみる(映像化)。
① ②は詩のエクササイズとして基本中の基本です。多くの詩人がこれらを過去にやり、おそらく
今も心掛けている事だと思います。僕も然りです。これらをするには、当然フレーズを作り、繋ぎ、
流れを作る必要があります。とにかくフレーズとして成立させないとどうにもならないです。
あるいは平文でサラサラと書いて、それらを詩的に加工し昇華していくのもフレーズ作りの練習になるでしょう
(僕はあんまりやったことないけど)。
アフターアワーズ。
ここのサイトの評者さんは皆優しいので「評が感覚に合わない場合は、スルーして」的主旨をよく言われます。僕も基本的にはその考え方ですが、時によりけりです。今回の例は僕は変えたほうがいいと思う。以前も書いたようですが、同じような詩ばかりできる。いつか壁にぶつかる。そんな気がしてならないのです。それでもスルーされる場合は、もはや詩に対する考え方の違い、詩作アプロ―チの違い、としか言いようがありません。評価は保留します。
*歩留まり率……産業界のいわゆる「費用に占める効果割合」。詩に比喩するならば全詩行に占める解釈度・イメージの感知度。完成度。その割合のようなもの。
3 上田一眞さん 「みょうがの詩(うた)」 5/18
ああ、こういう作品があってもいいのです。いつも大作、硬質だけでは疲れてしまう。そこはそれ、“箸休め”。そこにこの詩の存在価値があります。けっこう逸話の多い野菜ですが、それも上手くエピソード化されましたね。まあ、そうバカバカ食うモンじゃないから、そういった逸話も出たのでしょう。「イン~」の部分はケッサクです!(笑) 他作と同様、妹さんが出てくるのが印象的。仲の良さは相変わらずです。最後がキマッてますね。詩的クオリティでは佳作一歩前ですが、楽しく読めました。“あって嬉しい”詩でした。
アフターアワーズ。
スーパー側の都合で言うと、花が咲くと商品価値無しなんです。(小松菜と同様)けっこう東京が大産地であったりします。みょうがで思い出されたのは、何故か家紋でした。「抱き茗荷」は日本の定番な家紋で、真っ先に思うのは出雲松江・堀尾家(後、絶家)の家紋でした(ナンのこっちゃ!?)
4 じじいじじいさん 「愛」 5/18
え、とー。どうしました?じじいじじいさんが大人の詩を書くのは賛成なんですが、これは実体験かフィクションかによって、評の書き方が全然違ってくるので、今の時点ではちょっと書きようがなくて。
ただ「人が何と言おうとー」といった強い意志はよくわかります。3,4連がそうですね。当然悩んだ結果の意志でしょう。相手はどうなのか?が気になるところではありますが、終連「絶対に二人で~」とあるので、うまくいっていると取れないこともない。詩の技法面では―失礼ながらー取り立てて言うべきことはないのですが、それだけ直截だと言えると思います。ちょっと驚きながら、ちょっと困りながら、評はパスさせてください。すいません。
5 相野零次さん 「祈り」 5/19
前回「歩く男」という詩がありましたが、今回はあの男の思考・行動のバックボーンになりそうな風があります。人が羨むほど前向きで希望に満ちた詩です。鼓舞・激励がそのまま希望に繋がっていくようです。(悲観的に)「明日はどうなるかわからない」といった考えがある一方で、こういうのもあっていい、いや、無きゃ困るでしょう。具体的に見ていきましょう。4~6連がいいですね。
まずひとつずつあるもの「昨日―今日―明日」そして積み重ねによって過ぎていくもの「一週間―一か月―一年」。ひとつとその積み重ねの大事さですね。「心は君の味方だ」―これは意外と斬新な捉え方と思うわけです。思考もしっかりしているし、文体の言葉ひとつひとつ、腰がぐっと据わっている感覚があります。それは思考にも反映したことでしょう。なんだか、読んでるこちらも元気になってきます。励まされた結果でしょう。こうありたいものです。勢いありで佳作ド真ん中です。
6 静間安夫さん 「ある革命家へのオマージュ(あるいは、風変わりな身の上話)」 5/20
大変良いお話を読ませて頂きました。さっそくですが、初期に出て来るある革命家(あなた)は、チェ・ゲバラで合ってますかね?それ以降「春に例えられ」は「プラハの春」を連想しますし、「人間の顔をした社会主義」は明らかにチェコスロバキアの変革のことです。してみると、ゲバラとそれらが僕の中で上手く結びつかなかった、といったことがありました。ともかく「わたし」は時代の影響を受け学生運動に身を投じた。しかし、やがて下火となり、皆、転向してサラリーマンになって行く。
そういった世相も当時はありました。遅まきながら「わたし」も会社勤めをする。ここまでで印象に残るのは就職先を世話してくれた友人たちです。良い友人じゃありませんか。以降、ひとつのヤマになる会社内エピソードです。課長を救うくだりです。「もういいかげんにしたらどうですか!」このセリフはかっこいいの一語に尽きますね!これを境に主人公は(ヒラのままだけど)境遇が好転していく。ただ、以前からこういった下地はあったと僕は見てます。ちょっと古い言葉で言うと「苦労人」というアレです。世故に通じ人間に通じ、淡々としつつ空気を読む、みたいな―。そう考えると若き日の学生運動もまんざら無駄じゃなかったと思えてきますね。若い頃にやったことはたとえ老境になっても形を変えて再生されるものかもしれません。それと、この作品には名言が含まれています。独立的に抜き書きしておきます。
「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする」
「成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする」
最後は短いながら冒頭部分を回収しています。事績、行動は全く違いますが、生き方のエッセンスは通じるところがあった。そんな思いであり結びであります。考えさせられながら読みました。佳作です。
アフターアワーズ。
読みながら思っていたことに以下があります。
全て実体験か?
実体験+フィクションか?
全てフィクションか?
例えば、会社場面が登場人物・出来事がややステレオタイプ的であり予定調和なものを感じたからなんです。
フィクション、フィクションしてる、とも言えるし、しかし事象の典型例として、こういうことは実際にあるだろうとも思うし。
このあたり、微妙ですね。しかし作品の大勢に影響あるものではありません。
ところでリクエストがあります。普通の連分け詩も、たまに書いてみてもいいかな?と思うしだいです。
評のおわりに。
野生のアジサイが準備段階に入っています。来週はもう六月。
―ということは雨も近い。 では、また。