明日を踏む 温泉郷
この時間
この路地
小学生はとっくに登校した時間
小学生はめったに通らない裏道
向こうから
ゆっくり歩いてくる
ランドセルの男の子
二年生くらい
ゆっくりと
でこぼこ路地を歩いてくる
整備されていない私道
アスファルトが
ところどころはがれ
亀裂が走り 穴だらけ
男の子は
大き目の穴ぼこがあると
立ち止まって
右足を踏み入れ
その感触をじりっと確かめては
次の穴を探すように
右へ左へと揺れながら
ゆっくりゆっくり
歩いてくる
遅刻をしてしまったから
学校に行きたくないの?
男の子は顔をあげずに
道を見つめ
左右に揺れながら
ゆっくり歩いてくる
庭で植木に水をやっている人が
おはよう といっても
眼をくれることなく
割れたアスファルトを見つめながら
揺れながら
ゆっくりゆっくり
ランドセルに当たる
遅れた朝の光が
男の子の頬も照らす
下を向いた眼には
光は届かない
おはよう
と声を掛けてみる
男の子は
少し顔をあげて
こちらを見てくれたが
すぐに目を伏せて
何も言わずに
すれ違っていく
アスファルトの穴に
足を入れて踏みしめ
何かを確かめるように
どこかで見たかな
あの後ろ姿
男の子の真似をして
下を向いて
穴ぼこを踏んでみる
じりっとした砂利の感触が
足の裏に広がる
思い出した
そうだった
男の子は
今を踏んでいたのだ
自分もかつて
とぼとぼと
今を踏みながら歩いた
先を見ないで
今を踏んで歩いた
今を踏みながら
ようやく今にたどり着いたんだった
そうだね
無理に前を見る必要なんてないよね
無理に胸をはらなくてもいいよね
うつむいていてもいいよね
今さえ踏んでいれば
君の踏んだ今は
明日につながっているんだから
まあ でも
たまには 振り返ってごらん
君がすれ違う大人も皆
君のようにひとつずつ
今を踏んで
なんとか歩いてきたんだよ
明日はそんなに悪くない