夜明け 妻咲邦香
帰ろう
窓は開けたから
明かりもついたまま
温かいスープまである
帰ろう
足の折れたベンチと
錆びの落ちないすべり台
乗客のほとんどいないバスが走る
ひび割れたコンクリートの垂直の壁を
偉そうな名前の両生類がよじ登る
決まって同じ時刻に響き渡る金切り声
ピアノはソとラとシの間を行き来するばかり
覚えているだろうか
何もかもが優しくて
それでいて自分勝手で
帰ろう
心配事は尽きない
宛てのない旅は止められない
こうして「のようなもの」であり続けるしかない
だから帰ろう
この手を取って
眠る動物園
眠る草食動物
もう食べ切れないよと寝言を言うピューマと
落ち葉の匂いがする図書館
腰の折れ曲がった百科事典と
飛び方を忘れたヘリコプター
お弁当箱しか作れない工場
化粧の濃い占い師
風邪薬を飲まされてしょんぼりしてる子供
意外な返事を貰って思わず飛び上がってる若者も
帰ろう
帰り道はこの先
柿の木に覆われた縁側に
編みかけの帽子がそのままで
君はもうこの世界に住んではいない
だから帰ろう
同じフレーズを口ずさみ
同じ洗濯物をたたむ
誰一人君を知らない
誰にも必要とされない場所に
帰ろう
確かに愛された記憶の中に
帰ろう
まだ早い朝のような
青が少し多目のパレット
帰ろう
僕と一緒に
この手を取って
パーゴラの見えるあの坂道を