桃の実ひとつ 上田一眞
裏庭に桃の木がある
ひょろひょろとした痩せた木で
決まって
ひとつだけ実を結ぶ
桃はいつも甘い香りを放っている
それを
狙っているのは
食いしん坊の妹 みいちゃんと
カナブンたち
たったひとつの白桃は
赤子のお尻のように愛らしく
実が熟れるのが待ち遠しい
お兄ちゃんもう食べられるよね?
みいちゃん まだ早いよ
熟れてないから固いじゃろ
カナブンたちはよぉ〜く知ってて
完熟するちょっと前から
群がって食べ始める
絶妙のタイミングだ
ぼくら兄妹が気づいたときは
いつも
果肉を噛られて真っ黒に変色していた
カナブンさんの意地悪
お兄ちゃんの馬鹿!
たったひとつの桃だから
みいちゃんは
桃の実を見上げて
泣きっ面
あ〜あ またやられた
来年こそ袋をかけようね
妹を宥めながら
毎年の繰り返し
諦めきれない
桃の実ひとつ
母は呆れ顔で兄妹を見つめている
手元を見ると
掌に桃がひとつ隠れていた
みいちゃん よかったね
魔法の手じゃね
お母ちゃんの手は
妹は破顔一笑
母の首に縋りついた