道のふた 温泉郷
どうやっても落ちないように設計されている
マンホールのふたのように
人生の落とし穴を塞ぐふたを
買おうか迷っている
決して落ちないと広告されていながら
これまでは欠陥品ばかり
新発売の製品は
これまでの欠陥を克服したと宣伝されている
従来品は
人が落ちる穴の形や大きさが
人生の展開や環境の変化につれて
変わってしまうことに十分対応できなかった
適当な時期に買い換えないといけなかった
それで しばしば事故が起きた
毎日を慎重に真面目に過ごしていた会社員が
せっかくふたを買っていたのに
しばらく買い替えるのを忘れていて穴に落ち
週刊誌に醜聞が掲載され
ワイドショーのネタになった
結婚式のご祝儀に
夫婦2人用のふたがよくプレゼントされるが
それで離婚率が大きく下がったというわけでもないようだ
夫婦といえど 思想と行動はそれぞれだ
2人用だと穴の形や大きさを決めるのが
等比級数的に難しくなるらしい
1人用をそれぞれ買う夫婦が増えたのは当然のことだった
政治家や著名人など一部の階層の人たちは
穴が変わった形をしているうえ
大きすぎて塞ぎきれないので
未だコスト面と技術面での課題が残されていた
ところが 今回のふたは いままでと違う
AIによる行動・習慣・心理解析を行い
予め穴の形状・大きさの変化や事態が出現するタイミングを予測して
それに合わせて自動的にふたの形と大きさを調節したり
事前にカバーすることができるそうだ
その人の平均余命と収入予測から
無理のない長期ローンを組むこともできる
政府の補助も始まるから 一層買いやすくなる
ふた人口はいまや6割を超え
もっていない人は少数派で肩身が狭くなってきた
人生の落とし穴に落ちると本人だけではなく
周囲の人やひいては社会に迷惑がかかると批判されている
一方で
ふたを買った人と買っていない人とで
穴に落ちる確率には
統計上それほど大きな差がないという
有力な研究報告も出て
科学者たちの間でちょっとした論争になっている
まだ仮説の段階だが
どうやら ふたを買ったことで安心したり 慢心したりで
人生の道を歩くときに注意が散漫になったり
人間関係に予期せぬ亀裂をもたらすことがあるらしい
ふたメーカーが 取扱説明書に
「ふたを買ってからも十分に注意して歩いてください」
とようやく注記したのは この報告が出てからのことだ
新製品ならこうしたエアポケットもケアできるそうだ
私は今回買うべきかどうか迷っていたが
色々考えてやっぱりやめることにした
AIを使った新製品にも予期せぬ欠陥が出ないとは限らない
むしろ 人生の落とし穴はAIにだって埋めきれないと直感する
ただ それ以上に
人生の落とし穴に落ちてしまうことがあっても
それも人生かなと思って生きていく方が性に合っている
私は少数派に留まる決意をした