夕景 温泉郷
蒸し暑い6月の夕暮れ
坂を上っていると
右手の石垣に張り付いた
アジアンタムの僅かな茂みの中に
季節に似合わない枯れ葉が1枚
ほぼ垂直に
湿った空気を裂いて落ちた
落ちる前に
一度 軌道を描いて揺らいだので
風があるのだろうか
どの木から落ちたのだろう
石垣の向こうには
公的施設の庭園が広がり
大樹がこちらに枝を伸ばしている
石垣に近寄ると
枯れ葉は突然舞い上がった
蝶だった!
蝶は庭園の草木を選ばず
排ガス臭い幹線道路に面した
石垣の小さな群生を見つけて
すばやく隠れたのに
私の不用意な接近のせいで
せっかく見つけた
夜の隠れ家を捨てて
逃げたのだった
蝶は 舞い上がってから
暗くなり始めた空で
何かにためらっているかのように
少しの間 左右にヒラヒラ揺れていたが
やがて あきらめたように
石垣の向こうの庭園へと帰っていった
反対側の幹線道路を見ると
相変わらず
車両が猛然と行き交っていた
その向こう側には高層ビル群が見えた
ビル群のふもとには
人工地盤の敷地に整備された
広大な緑地が
いつものように広がっている
そこには豊かで確かな植生がある
緑地の樹々が夕暮れの空に立ち
湿った暗い樹影を映して
吸い込むような手招きをしていた