A LADY IN THE SHADE 三浦志郎 6/30
グリーン
この世界で最も美しい色のひとつだ
けれども着こなすには難しい色でもある
今その色は小さな布切れになって女の胸と腰を覆い
椰子の葉も羨むほどに美しい
今日も暑くなりそうだ
海はますます青さを増してゆく
日陰
ここだけはいい風が集まってくる
真夏のサスピション(疑惑)
長椅子に寝そべってペーパーバックを読んでいる
ウイリアム・アイリッシュ「幻の女」だ
女は自分を投影したのかもしれない
しかし視線は活字を上滑りしてゆくようだ
別のことを考えている
(「人は誰にも一度だけの夏があるの」
そんな歌詞を聴いたことがある
今までわたしにそんな夏があったかしら)
夏は青く生まれ成熟し
夕焼け色に腐敗してゆくものなのだ
夏のうつろいすら女は疑っている
どうか熟れたままとどまっていてほしい
日陰を求めるふりをして
男どもが何とかきっかけを掴もうとあたりをうろついている
けれども手に合う女ではないのだ
帽子とサングラスをつけた
唇がピンク色に息づいている
自分の想いを深めるのに余念がなく周囲の男は眼中にない
ただ一人を除いては―
(この手から零れ落ちていった境遇
この手でしっかり握った殺意
憎むべき男の呼吸を止めた
今まで世界を撒き続けてきた
明日も続くこの道
逃亡もひとつの旅ならば
果てはどこにあるの?
わたしに安息は訪れる?
しだいに大きくなる自分への疑い
悔いと疲れと諦めなのかも
もしかして あの男は……
間違いないわ……)
その男は海辺のリゾートには不似合いな服装をしている
ややくたびれたジャケット それでもブランド物らしい
誘いたいのだろうか
グリーンの水着の女をさりげなく観察している
傍らに置かれたカンパリソーダもやがては涼味を失うだろう
(疑うことは人にとって悲しいことだ
だがもう疑わない
長い時をかけ辿り着いた確信だ
俺はあの女を信じる 殺人者として
ついに追い詰めた
俺はその素顔を知っている
あんなにいい女を逮捕とは……
粋なことではない)
真夏のディテクティブ(刑事)
(水着のところを迫るのは
紳士的ではないだろう
せめて服を身につけさせてやりたい
捕らえるにせよ
LADYに対して礼儀というものはある)
女は何かの運命(さだめ)に従うように立ち上がって
更衣室に消えた
あるいはそれは
今までの自分を脱ぎ捨てるためだったろうか
今までの自分に終止符を打つためだったろうか
フェアウェルのドレスに着替えるのだ
人として―
職務と折り合うぎりぎりの
男の優しさだろうか
更衣室から出て来るのを待つことにした
出入口はひとつしかない
女はもう
あの日陰の長椅子には戻れない
この世界の何処にも居場所が無くなった
着替えとメイクアップを済ませ
女は
最期の自分を鏡に映してみる
(きれい……)だと思った
こめかみに拳銃をあてた
直後
リゾート地には場違いの音がした
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ごめんなさい。 再録になります。