寂しいを分かってあげられない 紫陽花
お母さんの調子が悪いので
訪問日に見に来てください
訪看さんから連絡があった
母は色々な精神障害を持っている
今はうつ症状がひどいらしい
ちょうど私の仕事の休みの日に
訪問看護師さんの訪問日があった
その日母と看護師さんと私で
久しぶりに顔を合わせた
母は押し黙ったまま動かない
そのうち静かに泣き始めた
今にも消え入りそうな声で
寂しい寂しいと繰り返している
ああ私が子供の頃からの声だ
そのうち母の泣き声が聞こえなくなり
だんだん意識が遠くなる
私は昔住んでいた岬の町に迷い込んでいった
岬の町並みはいつも
強い海風にさらされている
いたるところに石が積んであるのは
家を守るためだろう
その石積みにはいくつもの
赤いよだれかけのお地蔵さん
あまりに古いものは表情が
消えかかっているものもある
みんな青い海を見つめている
その海までは10歩といったところに
たくさんの小さな家が立ち並ぶ
潮風に誘われるように私は歩き始める
家と家の間は狭く 1mくらいしかない
その細い路地を抜けると海だ
影になった薄暗い路地をそろそろと進む
狭ければ狭いほど気持ちが落ち着く
もしかしたら私には猫の血が
流れているのかもしれない
そして私の好きな時間は1人の時だ
いつも1人は落ち着くし安心で
1人で静かな時間を過ごすのが本当に好きなので
私には母の寂しいが今日も全く分からなくて
今日だっていつだってあてもなく
私の好きな岬の町を半分猫になって迷子になるしかない