MENU
943,341

スレッドNo.4215

がまがえる  静間安夫

のっそり…
ゆったり…
おまえ もう少し機敏に動いてくれないかい?
危うく蹴とばすところだったじゃないか
土色の保護色で
ただでさえ見分けにくいのだから

わたしの心配をよそに
相変わらずのマイペース
こんな具合で
素早く飛び回る虫を
捕まえられるのだろうか?
腹を空かせたりしないだろうか?
余計なお世話と思いつつ
つい気になってしまう…

梅雨時の蒸し暑くて
うっとうしい夕暮れ
通勤電車で汗だくになって
ようやく路地裏のアパートに
帰ってきたわたしだが
このところ毎日のように
おまえの出迎えを受けている

門を入ってすぐの
狭くて薄暗い敷石道が
おまえのお気に入りなのだ
出会うと なぜか
「今日もお勤めゴクローサン」
そう声をかけられた気がする
…いけない、わたしはよっぽど疲れているのだろう

けれども大抵の人にとって
おまえは嫌われ者だ
たとえ出会っても
やれ薄気味悪いだの
やれ毒があるだの
毛嫌いされるのがオチだ

しかし わたしは違う
幼い頃からずっと
自然の乏しい都会で暮らしてきたから
カラフルなスイミングスーツを着て
恰好よく泳ぐトノサマガエルも
山奥の清流で
可憐な声で鳴くカジカガエルも
図鑑やテレビの中でしか見たことがないのだ

そんなわたしにとって
カエルといえば
昔からおまえがいるだけだ
見かけもさえないし
美しいスイミングフォームで
泳いでいる姿なんて想像もできない
鳴き声も聞いたことがない
でも、わたしにとっては それで十分だった

昆虫でも両生類でも
なべて小動物が大好きな子供にとって
おまえは実際に自分の目で見ることのできる
数少ないヒーローだったから…

あれから
もう数十年が経つけれど
相変わらず おまえは
この大都会の片隅で
しぶとく生き抜いている
それこそ地べたにへばりつくようにして

環境の変化に弱い両生類は
世界中で絶滅しかけている、というのに
おまえときたら
どこ吹く風じゃないか
まるで達観した仙人のようだ
「あくせくしたって仕方がない
 なるようにしかならない
 肩の力を抜くことが、生き抜いていくコツさ」
そう教えられている気がする

もしかして
おまえの泰然自若とした雰囲気は
自分が毒を持っているから
容易には外敵に襲われない、
という自信の成せる技かもしれない

でも それはそれで
「これからの世の中
 サラリーマンも会社に頼らないで
 自分の中にしっかり実力を蓄えなくちゃぁいけない!
 そうやって培った自信が悠然とした生き方につながるんだ」
と、また おまえに諭された気がする

こんな具合で
おまえを眺めていると
いろいろ物思いにふけってしまう
それがまた、意義のある時間に
感じられるから不思議だ

だから
おまえもせいぜい長生きして
毎年、こうして現れてくれよ
車の走る道なんかに
まかり間違っても
のこのこ出て行くんじゃないぞ!

「余計なお世話だ...
 でもまぁ、ありがとさんよ
 あんたも がんばれ!」

編集・削除(編集済: 2024年07月15日 22:29)

ロケットBBS

Page Top