上海租界 秋乃 夕陽
第二次世界大戦中の上海
天皇機関説を唱えた美濃部達吉の弟子だった為に
難を逃れて移り住んだ家族
話をしてくれた女性の方は当時まだ幼く
美濃部の弟子だった父親が教鞭を取る
東亜同文書院大学近くのイタリア租界に
女性とその父母と弟の四人家族で暮らしていた
そこから自由に行き来出来る共同租界で
少女はあるものを目撃する
大通りで日本の将校が中国人男性にスパイだと
言いがかりをつけ
軍用犬をけしかけて酷い目に遭わせていた
きっと軍用犬に噛みちぎられて中国人は
惨たらしい姿となっていたのだろう
「見ちゃだめ!」
女性の母親は思わずショッキングな現場から
我が子の目を逸らさせて庇った
しかし母親も含め誰も可哀想とは思わず
助けようともしなかった
日常茶飯事の出来事として
当時の人々は皆
同郷以外の人間の悲惨な状況を目にしても
次の瞬間何事もなかったかのように
笑い合い楽しくお喋りなどして
用事を済ませ家族で団欒をする
中国人を日本人よりも下に見ていた当時の風潮
歪んだ世界がそこにあった
終戦直後
満州鉄道に勤めていた知人の手伝いに行っていた
父親を除く家族は
同じ引揚者の人々でごった返す
狭い引き揚げ船の中で
身を縮こませ激しい揺れに耐えながら
日本に帰ってきた
まだほんの赤ん坊だった弟は
引き揚げの船の中で激しく泣きじゃくり
泣き止ませようとした母親に強く口を押さえられて
亡くなっていた
「◯◯ちゃん、ごめんね、ごめんね」
弟の亡骸を強く抱きしめながら
涙ながらに何度も詫びる母の姿が
少女の目に強く焼きついたという
母親は上海の頃に貯めていたお金を金歯に替えて
引き上げの時も隠し持っていたため
何とか家族が生きられるようにそれで生計を立てて
父親が中国から帰って来るのを待ち侘びていた
父親は帰国後も要職には就けず
その後女性は家族を支えるため苦労して国立大学の看護学校へ行き
看護師となったという昔の話