竹のしなり 温泉郷
今日は 父さんは仕事で来ない
でも 知っている
どうせ 途中から来て
どこかから 見てるんだ
終わったら言おうと思っている
これで やめたい
中学校に入ったら
もうやらないって
チビで
運動神経もよくないし
根性もない
やりたいなんて
言わなければよかったよ
父さんは
毎週 道場にきて
稽古を最後まで見て
最後の礼を丁寧にした
お母さんたちに混ざって
お茶当番をした
少しだけ嫌だった
N先生に一番怒られたのは
ぼくだった
試合で全然勝てないのも
ぼくだった
下級生に団体戦の大将を取られたのも
ぼくだった
父さんは いつも
「強くなっている」
としか言わなかった
何もわかってない
N先生からは
「お前は勝てるんだ」
「もっと前に出ろ」
といつも言われている
ぼくは出てるんだけどな……
昨日
そのことを言ったら
「お前はやさしいのかもな」
と言っただけだった
そして
「明日は仕事があるから 応援に行けない」
「最後なのにな」
と言った
最後なのに?
1回戦の相手はK君か
大きな体でぐいぐい
場外への押出しを狙ってくる奴だ
ぼくは 押されているうちに
面を打たれて負けたことがある
最後なのに?
そうだよ! これが最後
堂々と 思いっきり
前にでる!
面を打って散る!
開始の合図だ!
面を思い切り打つぞ
よし!
前に!
竹刀の先が少し しなった感じがした
旗?
え?
かわされると思ったのに
決まってしまった
なんだろう
2本目もすぐ決まって
ぼくはK君に勝ってしまった
2回戦もあっさり勝ってしまった
3回戦は延長まで行った
相手もぼくと同じ小さい子だったけど
正々堂々の気持ちのいい相手だったな
楽しかった
3回戦も勝ってしまった
N先生が狂ったように喜んでいる
準決勝はまったく格が違う相手だ
いくら前に出て打っても全然通じない
速さが違う
タイミングの取り方が全然違う
終わって礼をしたあと
相手の眼を見た
相手もぼくの眼を見た
そうか
ぼくは 強くなっていたんだな
父さんは本当に来なかったんだね
帰ったら言うよ
個人戦 区で3位
でもね
やっぱり剣道はこれで終わりだ
ぼくは もう
本当にやりたいことを
自分で見つけられる