さまざまな立場 理蝶
誰かが言った
何に惹かれて
あの海へことばは流されてゆくの
あんなにうつくしいのなら
ずっとここにいればいいじゃない
出ていっては勿体無いじゃない
誰かが言った
ことばは
足首にちいさな地図を結ばれて
生まれてくるのだから
ここを発つべきなんだよ
誰かが言った
人間の隠した孤独が
この水面をゆるやかに海へ向かわせる
人間はそうやって
人間を愛してきたんだ
誰かが言った
うつくしさに慣れない
人間のうぶなところに
ことばは好んで棲みついて
人間の奥にある 新鮮な部屋に
なれなれしく出入りするの
誰かが言った
ことばなんて
全ての劣化品じゃないか
肝心なのは
体がたしかに震えていることだろう
色んな人に囲まれて
僕はもうわからなくなって
月夜の下
新しいことばを送りだす
運河のほとりの石畳に腰掛けて
ぼんやりと光る 新しいことばが
水門を抜けて海へゆくのを
見つめているほかなかった