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スレッドNo.4305

無情の風  上田一眞

とある夏の日 母は早朝
涼しいうちにひと仕事終えようと
山の畑に出かけて行った 

 一眞 起きなさぁ〜い

家を出るとき
ひと声かけてくれたが
母の声はやや遠く
掠れたように聞こえた

机上にうつ伏せになり
勉強もせずに
うつらうつらしていると
突然
お隣りの駐在さんが家に駆け込んで来た

 お母さんは何処に行かれた?

ただならぬ気配
駐在さんの顔面から
汗が吹き出し
切迫した空気が放出されている

*

僕は畑への一本道を急いだ
懸命に走った

 お母ちゃん!

激しく胸がざわついて
揺れるこころに不安が降り積る
胸騒ぎの嵐に
眼前が昏くなり
何度も何度も躓いて転ぶ

坂の向うは暗くて長い隧道
そして 母の畑に続く道

 畑も 捜したのに
 山も 捜したのに
 隧道も 捜したのに
 たくさんたくさん 捜したのに
 母の姿はどこにも無かった

 まさか
 ・・・

*

母は鋼材の下敷きとなり
圧死した

*

戸板で運ばれ帰って来た母
包帯に包まれたあじさい色の顔
血まみれになった
無惨な身体
さぞ苦しかったであろう

僕の手からこぼれ落ちた命の雫
我がこころを沸騰させる圧死

天女に付き添われ
母は天空を駆け上がる

母を追い 駆け上がろうと藻掻いたが
天女に峻拒され
大地に縫い付けられた僕は
空しく仰向けになった

再び聞こえた
母の声

 一眞 起きなさぁ〜い

掠れていたが声は刃となって
鋭く僕の胸を貫いた

ここは母が没した
橘坂 *1
無情の色なき風が
吹き荒れ
母の声がこころのうちに谺する

*

僕には
それから向こう一ヵ月の記憶がない




*1 橘坂 防府市富海 旧山陽道にある坂

編集・削除(編集済: 2024年08月23日 18:54)

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