いちひき 人と庸
──ラジオで聞いた話なんやけど…
と先生が切り出した
四角い空間に四角い机
丸になろうか三角になろうか
それともこのまま四角くなろうか
考えあぐねている生徒たち
──企業が新入社員を採用するとき、これまでは学歴が一番重視されてたけど、今はちがう基準で考える傾向があるんやって。
その基準とは 一から順番に四つあって
学歴は四番目だという
一は いちひき
一に魅き
一番に魅力
──勉強で得た知識も大事やけど、今はそれぞれの人間の持つ魅力っていうのが…
話の途中で窓の外に目をやってしまう
(あの雲の峰のどこかにいるんやろうか
おとし物をした人は──)
だから 二番目と三番目は忘れてしまった
まちの稜線は四角の連なり
空は直線に切り取られてる
だれかが書いた電線が
狭い空をさらにこまかく区切ってる
まちは空席を許さない
四角い空き地が現れたら
すぐにまた 四角い建造物が積み上がる
壊しては
造り
壊しては
造る
めまぐるしい人間社会のいとなみの底を
こどもたちは毎日往復する
かたい地面を踏んで
直線に進み
直角に曲がる
だからこそ この
何ものにも切り取られない
何ものにも区切られない
果てしない草原
果てしない空
まるでこれが世界のすべてのような
そんな景色が見渡せる場所に立って
丸や三角や四角の型を抜け出して
心は果てしなくひろがっていった
ひろくひろくひろく
たかくたかくたかく
十四歳の心はこんなにも飛びやすい
それを 校外学習の感想文に書いた
まだふわふわと飛んでいる心で
何ものにも縛られていないと信じ込んで
そしてそれが今
四角い教室で読み上げられている
そこここでクスクスという忍び笑い
丸や三角や四角の型を抜け出して
煙のようにひろがっている
笑っていないのはひとりだけ
飛んでいた心は
今はただただ机を見つめてる
一番感動した部分をあらわす一文が読まれたときは
どっと笑いが起こった
もう机にめりこむくらいに頭を垂れて
匿名で読まれているのが救いだが
先生を恨む気にもなってくる
──みんな笑ってるけどね…
読み終えた先生は言った
──こういう文章を書ける人がいちひきやと先生は思うなぁ。
しんとなった
顔を上げたのはひとりだけ
四角く切り取られた空に
雲は型を抜け出そうと湧いている
✻「いちひき」は中学校時代に実際に先生から聞いた話を元にしていますが、その話の裏付けは取れていません。
「一引き二才三学問」ということわざがありますが、この「一引き」は、ここでの「いちひき」とは違う意味合いです。