解体工事 静間安夫
「7月○日から旧◯○様邸の解体工事を行ないます。
皆様にはご迷惑をお掛け致しますが
ご協力のほど宜しくお願い致します」
型通りの挨拶文が
ポストに入れられて数日後
斜向かいの家から重機の音が聞こえてきた
独り暮らしの老人が亡くなって
しばらく空き家になっていたのだ
思い起こせば
いかにも好々爺然とした人だった
回覧板を持っていくと
善良そうな笑顔を浮かべ
「いつもすみません」と言いながら
丁寧に受け取ってくれたのに…
こうして家の主を思い出している間にも
ブルドーザーの運転手は手慣れた様子で
屋根を引きはがし、外壁を取り壊していく―
みるみるうちに
家は無惨な姿になってしまった
室内は剥き出しになり
外からまる見えだ
そこへ真夏の
容赦ない日差しが降り注ぐと
この家に住んでいた人の
息づかいや生きた痕跡までもが
跡形もなく蒸発していくような気がする…
そのうえ
故人の生活と結びついているかもしれない
何もかもが失われてしまった―
晴れた朝、開け放って街を眺めた窓も
雨の日曜日、無聊をなぐさめようと
複製の絵を掛けた壁も
床に横たわりながら
みなしく見つめた天井も
すべて瓦礫と化し
家はもうほとんど骨組みだけしか残っていない
あと二三日もすれば更地になってしまうだろう
やがて この跡地には
共同住宅か建売住宅が建って
あの老人とは縁もゆかりもない
人間が引っ越してきて住むのだろう
それが都会に住むわれわれの宿命とはいえ
もうすぐやってくるお盆の季節に
亡くなった人が
帰るべき家を持たないとは…
都会に暮らすとは
死んだ後まで
孤独を耐え忍ばなければいけない、
ということなのだ