夕焼けと焼き芋 上田一眞
自宅の窓から見る夕陽を
美しいと思ったことはあまりない
故郷 富海(とのみ)の浜辺 *1
空には茜色に染まった絹雲が
沖合いの野島を越えて *2
遥か九州
国東(くにさき)半島までも続いている
赤光の宴たる夕焼けは
まぎれもなく美しいものだった
*
八崎(はっさき)岬の向こう側 *3
大津島から *4
秋も深まるとさつま芋を満載した船が来る
早朝 島で収穫した芋を船で運び
周防灘一円の港を巡って売り歩き
夕方には
島へ帰って行く
この大津島のさつま芋
島の段々畑でつくる
細長く小ぶりな紅芋
今でこそポピュラーなお芋だが
昭和三十年代
私の故郷富海では珍しいものだった
郷里のさつま芋は殆どが
白芋
もはや絶滅したまんまるの大きな芋だ
甘藷とも呼ばれる
さつま芋
甘さでは断然紅芋に軍配があがる
*
浜で焼き芋
皆で流木を集め
焚き火をして
渚でザザッと洗ったお芋を放り込む
バチッと焚き火が弾ぜ
おじょめ蟹が砂穴から飛び出て *5
火事だ火事だ と
逃げ惑う
暫くすると香ばしい匂い
ほどよい塩味
食いしん坊の妹 みいちゃんは
一番に焼けたお芋を貰い
小躍りして
ホクホクの焼き芋を食べている
このお芋甘いねぇ
もっと食べたぁ〜い
もう一つちょうだい
はいはい みいちゃん
でも食べ過ぎると
お腹痛くなるぞぉ
家族とともに
夕焼けの下で食べる大津島のお芋は
それまで食べたどの焼き芋より
美味しかった
欲しがる
妹の気持ちもよく分かる
*
今も夕焼けを見ると
茜色の雲と
夕陽に染まる紅(くれない)の海が目に浮かぶ
岬の向こうの大津島
甘い芋だけが有名なのではない
太平洋戦争末期に投入された
人間魚雷「回天」
特攻兵器の訓練基地があった
煉瓦とベトンに覆われた
要塞を思わせる廃墟
若い多くの訓練兵の尊い命を奪い
哀しい戦争の記憶を宿した
秘密の島
基地跡付近は水深もあって
メバルやアイナメなど
磯の小魚が釣れる好ポイントなのだが
不思議なことに
地元の人は釣り糸を垂れない
釣りをするのが
憚られるのか
今も哀しい気配が漂う島なのだ
海に散った御霊が
夜光虫となって青く煌めく
私は できるものなら
その光を集め
鎮魂のレクイエムを贈りたい
*1 富海(とのみ) 山口県防府市の東部に位置する地区
*2 野島 防府市の沖合にある離島
*3 八崎(はっさき)岬 富海海岸を構成する半島 ここから瀬戸内海国立公園が始まる
*4 大津島 周南市 徳山湾に浮かぶ離島
*5 おじょめ蟹 砂蟹の地元名