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スレッドNo.4377

夕焼けと焼き芋  上田一眞

自宅の窓から見る夕陽を
美しいと思ったことはあまりない

故郷 富海(とのみ)の浜辺  *1
空には茜色に染まった絹雲が
沖合いの野島を越えて  *2
遥か九州
国東(くにさき)半島までも続いている
赤光の宴たる夕焼けは
まぎれもなく美しいものだった



八崎(はっさき)岬の向こう側  *3
大津島から  *4
秋も深まるとさつま芋を満載した船が来る
早朝 島で収穫した芋を船で運び
周防灘一円の港を巡って売り歩き
夕方には
島へ帰って行く

この大津島のさつま芋
島の段々畑でつくる
細長く小ぶりな紅芋 
今でこそポピュラーなお芋だが
昭和三十年代
私の故郷富海では珍しいものだった

郷里のさつま芋は殆どが
白芋
もはや絶滅したまんまるの大きな芋だ
甘藷とも呼ばれる
さつま芋
甘さでは断然紅芋に軍配があがる



浜で焼き芋
皆で流木を集め
焚き火をして
渚でザザッと洗ったお芋を放り込む
バチッと焚き火が弾ぜ
おじょめ蟹が砂穴から飛び出て  *5 
火事だ火事だ と
逃げ惑う   

暫くすると香ばしい匂い
ほどよい塩味
食いしん坊の妹 みいちゃんは
一番に焼けたお芋を貰い
小躍りして
ホクホクの焼き芋を食べている

 このお芋甘いねぇ
 もっと食べたぁ〜い
 もう一つちょうだい

  はいはい みいちゃん
  でも食べ過ぎると
  お腹痛くなるぞぉ

家族とともに
夕焼けの下で食べる大津島のお芋は
それまで食べたどの焼き芋より
美味しかった
欲しがる
妹の気持ちもよく分かる
 


今も夕焼けを見ると
茜色の雲と
夕陽に染まる紅(くれない)の海が目に浮かぶ

岬の向こうの大津島
甘い芋だけが有名なのではない
太平洋戦争末期に投入された
人間魚雷「回天」
特攻兵器の訓練基地があった

煉瓦とベトンに覆われた
要塞を思わせる廃墟
若い多くの訓練兵の尊い命を奪い
哀しい戦争の記憶を宿した
秘密の島

基地跡付近は水深もあって
メバルやアイナメなど
磯の小魚が釣れる好ポイントなのだが
不思議なことに
地元の人は釣り糸を垂れない
釣りをするのが
憚られるのか
今も哀しい気配が漂う島なのだ

海に散った御霊が
夜光虫となって青く煌めく 
私は できるものなら
その光を集め
鎮魂のレクイエムを贈りたい




*1 富海(とのみ) 山口県防府市の東部に位置する地区
*2 野島 防府市の沖合にある離島
*3 八崎(はっさき)岬 富海海岸を構成する半島 ここから瀬戸内海国立公園が始まる
*4 大津島 周南市 徳山湾に浮かぶ離島
*5 おじょめ蟹 砂蟹の地元名

編集・削除(編集済: 2024年08月24日 18:21)

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