花火 秋さやか
ようやく祖母の通夜が終わり
帰りのマイクロバスに乗る
熟れきった疲れを
背もたれに預けて目を閉じると
日本は何県あるんだっけ
などと
年老いた親戚たちの
とりとめのない会話が聞こえてくる
無垢な白髪を
夜へ浸しながら
そんなことも朧げになってゆく
死を畏れないための
やさしい忘却の果てで
祖母は眠っていた
しにたい しにたいと言う人だった
けれど
忘れてゆくことは畏れていた
それとも
忘れられることを畏れていたのだろうか
ゆらめく記憶の尾鰭を
追いかけていると
とつぜん大きな破裂音がして
窓に映るわたしと目が合う
親戚たちの会話はあっけなく途切れ
みな一斉に見つめる窓の外
夜を喰らうように
打ち上がる花火の鮮やかさが
夜に濡れた瞳を占領する
歳を重ねて
大切なものを失ってゆくたびに
色褪せていった花火だけれど
今夜は
泣きたいほどに美しかった
夜を越えて打ち寄せてくる
花火の振動に
人生そのものが
肯定されているような
いつも唐突に訪れる
その感覚を知っている
歩くことと葛藤しながら歩く
長い道のりで
ふと立ち寄った画廊の
絵画のなかでたたずむ
白馬の神聖さ
圧倒的な力に包まれ
宇宙の一部となって見まもる
天体ショー
そっと抱きあげた
産まれたばかりの
剥き出しの命
この瞬間と出会うために
生きてきた
そう腑に落ちる瞬間
ここからまた
生きてゆける
そんな瞬間が
祖母にもあったはずだと
思わせてくれる
慟哭のように
歓喜のように
夜へしずみゆく花火を
一心に見つめていた