耳元にはたこくらげを 紫陽花
きっとまたこの夏を私は忘れてしまう
夏に限らず最近の私は忘れっぽい
特に夏の海が好きなのに
去年足だけ浸かった海の色さえ
もうあんまり覚えていない
ただ今年は暑すぎたせいもあって
海に行かなかった
このままでは私の大好きな
夏の海まで忘れてしまうかもしれない
そんな焦燥感にかられながら
先週いつも通りベジタブルマルシェに
晩御飯の野菜を買いに行った
自転車を店の前に停める
店の前には花のコーナーがある
はずの場所に花がない
代わりにぽんとひとつ白のぼりが立っていた
入道雲みたいに意志を持って
ひとつ大きく立っていた
夏の海と書いてある
どうやら移動販売のようだ
今日だけなんですと
真っ黒に日焼けした男性が
マルシェの店先に海を並べ始めた
白い砂をさらさらさらさらと
そこにシーグラスを青白茶
それから目にも鮮やかなヒオウギ貝
オレンジに紫に黄色
耳の奥の方にザザーザザー
優しい波の音が響いてくる
それはだんだん静かになって
小さな白っぽいタツノオトシゴがゆらゆら
青い小さなたこくらげもゆらゆら
たこくらげは青色をしていて
くらげらしく透き通っている
少し深い海の中に入っていくようだ
たこくらげはところどころに白っぽい水玉
一定のリズムで伸びたり縮んだり
頼まれてもいないのに
伸びたり縮んだり ただただ繰り返すリズム
目にも鮮やかな夏がここにある
とても綺麗なので
野菜を買いに来たことをすっかり忘れて
青いたこくらげを見つめていた
すると先ほどの男性がにこにこ近づいてくる
夏の思い出にたこくらげと暮らしませんか
男性が青いたこくらげを手に取ると
たこくらげはキラキラ透き通る
ガラス細工のイヤカフになった
そんなことで先週から私は
ずっとほのかな海鳴りと共に
透明な青いたこくらげを耳元に揺らしている
この夏を忘れませんように