氷解 津田古星
今朝、掃除をしていて
ふと三十八年前の謎が解けた
「これからは、あなたが来てくれと言えば
いつでも行く。」と言った彼の真意が。
その言葉の二年前に私は大阪へ行った。
一度だけ彼に連れられて行ったアパートを
探し当てたけれど
彼は海外出張で留守だった。
私は「訪ねてきたけど留守でした。」とだけ
メモを残して東京に帰った。
彼は出張から帰って来てメモを見ただろう。
しかし、何の行動も起こさなかった。
私に連絡したくなかったか、忙しかったか、
たぶん両方だっただろう。
その後、私は郷里に帰って結婚した。
長男が生まれて間もない頃
風の便りに彼の病気を知った。
本州の西の端のふるさとで
療養しているという。
私は電話することを躊躇わなかった。
命に関わる病を得て、八ヶ月の闘病を終え
私からの電話を受けた彼は
あの時のことを思い出したのだ。
私が何か困っていたであろう時
悩み迷っていたであろう時
何の行動も起こさなかった自分を省みたのだろう。
そこで言ったのだ、
「これからは、あなたが来てくれと言えば
いつでも行く。」と
そんなことを言いながら、彼は、
私が「来て欲しい」などとは
言わない人間であることも知っていただろう。
だから、私たちはそれぞれの人生を歩んで
相手がどのような生活をしているか
知らないまま時が過ぎた
私が再び電話して安否を問うまで
私たちは、互いの三十八年間を知らなかった。