翡翠 秋乃 夕陽
バスから降りた途端
ざあーと襲いかかるように雨粒が落ちてきた
薄緑に茶色のフリルのような模様の傘を
急いで差して
目の前の喫茶店へと一直線に走った
大きなガラス張りの洒落た白い喫茶店の
ギシギシ軋む木製の扉を引いてみると
柔らかで落ち着いた間接照明の中で
居心地の良さそうなソファが並んでいた
どれも緑を基調として
花と葉が金で刺繍されたものだ
「お好きな席へどうぞ」
店員さんの声に誘われて私は窓側の席に座る
どれを頼もうかメニュー表と睨めっこしながら
しばし悩んだが
5時を少し回った頃にも関わらず
腹の虫がグゥーと鳴った
店員さんを呼んでチーズハンバーグ定食と
ホットコーヒーを頼んでから
しばし揺蕩う
ぼんやり
ぼんやり
数分前までの混雑したバスのなかで
頭上から浴びせかけられる外国語を聴きながら
おしくらまんじゅうのように
押し合いへし合いしていたのがまるで嘘のようだ
そしてバスに乗り込む前には
大学構内の試験会場で
社会保険労務士試験の設問に頭を悩ませながら
鉛筆で解答を黒く塗りつぶしていたのだ
私は時間に追われ
霞がかった自らの脳みそに対して叱咤激励しながら
なんとか全問は答えたのだが
もしやある一定の設問に対して勘違いした答え方を
してしまったのではないかと思うと
自信はみるみるうちに萎んでゆき
なんとも情けない気持ちとなって
バスのなかで人混みに紛れてそっと涙を流した
ところが今は喫茶店の大きなガラス窓から
滝のように流れ落ちる雨の情景を見ながら
それすら感じずまるで解放されたよう
そうこうするうちに
先にホットコーヒーがやってきた
砂糖とフレッシュを入れ
かき混ぜてからひとくち啜ったのにも関わらず
口の中に濃い苦味が広がる
チーズハンバーグ定食もやってきた
ひとくち食べては
まるで霞がかかったかのようにうっとりと
とりとめのない夢幻の世界に誘われてゆく
明日は書き溜めた詩をまたどこかに投稿しようか
そんなことを考えながら
心穏やかに流れてゆく時間が忙しさとは無縁の
至福という翡翠の輝きを秘めているようだった