引き継がれた物 津田古星
ある日 夫が
「もう息子に引き継ぎは済んでいる」と
言ったので
私は一瞬考えた
息子は夫と違う仕事を選んだから
職人としての技術も受け継がず
資産もないとなれば
ほかには何があるだろう
「遺伝子?」と聞いたら
「魂」と答えた
夫の口から「たましい」という言葉が
出てきたことに驚いた
生き方、精神、人生に向かう姿勢
私も両親からそれを引き継いだ
誠実と清廉と素朴を
身を粉にする働き者の魂は
受け継がなかったけれど
夫の魂は
お金も名前も地位も求めない
とは言い切れないが
穏やかさと
精神的成長を求める心
そして人のために労を厭わない
そんな魂が息子に
引き継がれたと
自信を持って言えるなら
もう何も思い残すことはない