待合室 秋乃 夕陽
まだ残暑厳しい夏の日差しを
体のうちに残しながら
クーラーの効いた病院の待合室で
自分の名前が呼ばれるのを待っている
なんとか予約時間に間に合うように
自宅から病院まで必死になって自転車を漕いで
時間よりも10分早く辿り着いた
今は薄緑色のソファーにゆったり腰を下ろしている
涼しい風が耳元から首筋にかけて
吹き抜けてゆくのに
汗はまるで湧き水のように滲み出てくる
私は大きめのトートバッグに
会社から送られてきた社員申告書を入れたまま
健康欄にそのまま
病気のことについて書くべきかどうか
その対処に困惑し頭を悩ませていた
医師に相談する内容すら決めかね
気分を多少なりとも落ち着かせるために持ってきた
単行本にも手をつけず
ただただ佇む
思えば二十年近く
あんな職場でよく働いてきたものだ
正社員登用をちらつかせた求人情報に
思わず乗っかり
時給制契約社員として働き始めたものの
常に重い責任を負わされ
評価次第で給与は不当に減らされ
異議を申し立てればたちまち目をつけられ
私の発言が企業のブランドを傷付けたなどと
隙をつけ込まれて懲戒処分となった
立ち上がる気力すら奪われた挙句
まるでトドメを刺すかのごとく
上司を始め周りからは無視され悪口を囁かれ
新しい仕事を私だけ与えられずに
雑用ばかり押し付けられ
そのくせ逐一業務に関する行動を
監視され指摘されて
脅されることが日常茶飯事となった
それでも女手一つで育ててくれた高齢の母を支え
家計を助けるために耐えて耐えて耐え抜いてきた
しかしいくら頑丈な金属でも
長年風雨にさらされボロボロに風化してゆくように
精神は限界を迎えて不眠という形で表れ
否応なしに長期休職せざる終えなくなった
そしていま精神科の待合室で順番待ちをしている
湧き出る汗がやっとすぅっとひいてきたようだ
「秋乃さん、どうぞ」
涼やかな看護師さんの声に思わず
「はいっ」と反射的に立ち上がり
社員申告書の入ったバッグを慌てて抱え
私は真っ直ぐ白い診察室のドアまで歩いて行った