赤い花 上田一眞
母に頼まれ
軒下の砂地に咲いている
赤い花を摘んだ
名前は知らない
毎年春になると
深紅の美しい花を咲かせる
野良生えで
ひょろりとした茎の花
花茎にうぶ毛
どこかひなげしに似ている
お隣の駐在所と
わが家の境に群生している花だが
そこらの野花とは異なる
色香を醸し
オリエンタルな佇まいだ
駐在さんが何か言っている
言ってることがよく分からない
いほう…
違法な花じゃないか
父を呼んだ
駐在さんは
この花はけしじゃないのか
お宅で意図的に栽培してるのでは?
これには父の怒りが爆発した
意図的? けしの栽培?
うちが阿片をつくっちょるとでも言うの?
阿呆くさ
駐在さんかて
毎年咲くんじゃからよう知っとるじゃろ
野良生えよ
それに私は鉄道公安官
かりそめにも
不正を取り締る立場の人間なんよ!
顔を赤くしてまくし立てた
これには駐在さんも参ったようだ
花が咲いているこの土地は
昭和二年に祖父が
煎餅屋を開業するため
富海(とのみ)村から永代借地したものだ *1
勘ぐれば
村がけしを栽培していた その遺産ともとれる
さらに想像を逞しくすれば
時代を遡って
徳山藩が *2
医療用に栽培していたのかもしれない
けしの花
彩度の高い鮮やかな花弁
燃える赤が僕の網膜を焦がす
幻想的で
不思議な風合い
人をいとも容易く痴呆化できる魔性の植物だ
結局 わが家の全員で
花を取り払うことになった
僕は手元に何本か置いておきたかったが
父の意向でごっそり廃棄
赤い花は防府市が何処かへ運び去った
後日この花 本物のけしと判明
まさに 阿片が採れる代物だった
そういえば
アンパンの皮に乗っていた小さいツブツブも
けしの実だ
案外 祖父が
けしの実を煎餅に入れたくて
植えたのかもしれない
研究心旺盛だった祖父が
やりそうなこと…だが
真相は闇のなか
*1 富海(とのみ)村 現山口県防府市富海
*2 富海は徳山藩(長州藩の支藩)の飛び地藩領