選択の痕 荒木章太郎
毎日上り下りする
生活の階段に
滲み出た透明なシミ痕は
汗でも血液でもなく
空を流れる雲を映していた
もうエレベーターのある所に
引っ越さなくてはならない
そう言いながら
足を引き摺り
背中に罪を背負って
上り下りを続けるのは
「自己満足に過ぎない」
そう言って君は高層階から
俺を見下ろしていた
俺はこのまま水に
映る空を見下ろし
雲を掴むような
生活をするために
立ち止まるのか
肩を上下させて
歯を食いしばる顔を作って
君を見上げて階段を上がるのか
君と別れて階下に下りて
引越しをするのか
選択に迫られていた
(そうだ、洗濯の途中だった)
軽はずみな嘘や
君のためを思うという
悪意のようなシミったれた精神を
漂白剤でこすり洗いしていたら
俺の手がすっかり荒れてしまったから
身も心も洗濯することが苦手になってしまった
洗濯物をきれいに畳んでしまうこともできない
その結果、選択することも苦手になってしまった
この階段のシミ痕は
俺の部屋の洗濯機から流れる
排水だったのか
生活は続けなくてはならない
遊牧民だった頃には戻れない
遥か先祖が狩猟民だった頃の血が
堰き止められ抑圧されてしまって
思うように体が動かせない
命の洗濯をするようにと
君に声をかけてもらったのに
生命(いのち)の選択を
迫られたように捉えてしまい
一人で勝手に追い詰められていた
君に甘えれば良いのだろうか