ノコンギク 温泉郷
ちぎられ捨てられていた
ノコンギクを
公園で母が拾って
水差しにいれておいたら
根が出て 葉が開き
白い小さな花が一輪 咲いた
鉢植えにして
ベランダに置いたら
ノコンギクは地下茎を
盛んに伸ばして繁茂し
鉢植えは 2つ 3つと増えた
ただ
花はだんだんと
咲かなくなった
そのころから
母は 少しずつ
昔話をしなくなった
母は 関西に引っ越すことになり
ノコンギクを
もらってくれる先を探しだした
一鉢は近くの信用組合に
一鉢はヘルパーさんに
もらってもらった
最後の一鉢…
私が面倒になって
公園に植えてはどう?というと
これは もともと
公園でちぎられて
捨てられていたんだよ……
と怒った
もう一鉢は
私が近所のKさんに頼み込んで
もらってもらった
引越しの前の晩
それにしても
ノコンギク ノコンギクって
息子のことは心配じゃなかったの?
と笑って聞くと 母は
だってあんたは
ちぎられてもいないし
捨てられてもいなかったからね
と笑った
ふと
その瞳が暗くなった
視線の先には
もう鉢植えのなくなった
夜のベランダ
四角い黒い窓
しばらく聞かなくなっていた
母の昔話
母は朝鮮半島からの引揚者
ちぎられて捨てられて
黒い四角い穴に葬られた
今半島北部に眠る遺体の
母の幼い記憶