北浦の土用波 上田一眞
向津具(むかつく)半島 *1
津黄(つおう)の港の真向かい
地磯から突き出た一文字の堤防に
クロ釣りにやって来た *2
釣り竿や餌
道具一式を持って道なき道を行軍し
車から約四十分
汗まみれとなって
ようよう釣り場にたどり着いた
海面から遠いと浮きが見えにくいから
みなもに近い
大きな消波ブロックに腰掛け
釣り糸を垂れた
ホンダワラがゆらゆら揺らめく
透明な
日本海らしからぬ
飛沫(しぶき)のない海
海も空もどこまでも蒼く
晩夏の濃厚な磯の香が北浦を覆う
撒き餌を打つと
名も知らぬ綺麗な小魚が集まり
腕が鳴る
小一時間ほど経った頃
あたりがないので
そろそろ場所を移動しようとした矢先
潮が止まり 潮騒が消えた
その瞬間ゾクッとする
海面がグワッと上昇
三メートルほどの消波ブロックの上
まさかここまでは来ないだろうと
高を括っていると
あっと言う間に波頭が到達
足を洗った
必死になって
更にその上の消波ブロックによじ登った
磯タビを履いていたので
間一髪 土左衛門は免れたが
波に全ての道具をさらわれ
同行の釣り仲間全員意気消沈
虚空を見た
北浦の土用波
噂には聞いていたが初めて体験
まるで津波のようだ
海を舐めていた
ボーナスで買った
釣り竿が僕の命の身代わりとなった
クロ釣りを諦め
這々の体で車に戻った
*1 向津具(むかつく)半島 山口県西北部(通称北浦)にある半島
*2 クロ メジナの地方名