あずさ号の恐竜 温泉郷
特急あずさ号
塩尻から乗って
甲府を過ぎたあたり
出張の疲れで
ぼんやり
山の稜線を見ていると
山頂付近に
少し変わった樹影
二本の高い樹と低い樹が
ゆるやかに 登っている
ように見えた
確かに
恐竜の親子だ
母の後を子どもが追っている
もう少しで
山頂に届きそうだ
夕陽の影の
地味な山の稜線
保護色でうまく隠れ
こっそりと
目立たないように
頂を目指している
ああ ごめんね
僕が見てしまったら
親子は動かなくなった
あずさ号は
緩いカーブに入り
遠ざかる山の稜線
見る角度が変わったら
親子は ただの樹影に
固まってしまった
更に列車が進み
振り返ると
完全に他の樹と
見分けがつかなくなった
今の時代にも
ひっそりと
生きのびていた恐竜は
人に見られると
樹木に戻るしかない
また 何年も
何十年も待って
姿を取り戻し
山頂を目指すのだろう
僕はもう
あの親子を
見ることはないだろう
ほかの誰にも
見つからないことを
ただ 祈るだけだ
いつの日か
山頂に上った
親子の恐竜の
歓喜の咆哮が
人知れず響きわたることを
ただ 願うだけだ