詩の質量 温泉郷
台風の豪雨で不覚にも
リュックの中の詩集が
濡れてしまい
乾かしたらヨレヨレの
波模様ができた
詩の言葉はそのままだが
歪んだ活字
くすんだ紙
ほのかな雨の匂いが
詩の言葉に
余計なイマージュを加える
「優美な恐怖」は優美さを失い
「孤独な頭蓋」はどことなく情けなく
「囚われた雄牛」は薄茶に変色した
仕方なく もう一冊を買った
新しい本
詩の言葉は変わらない
新品のページから
言葉がすっと入ってくる
初めて
濡れて汚れた詩の言葉が
質量を備えたことを知る
色 匂い 占めるべき面積
それは 濡らしたり
汚したりすることで
質量を獲得したのだ……
汚れた本を
マントラのように
繰り返し朗読する
ようやく
紙から言葉が飛び立った
質量を紙の中にだけ残して
詩の言葉は
濡れたければ自分で濡れる
ヨレたければ自分で皺を作る
雨の匂いは自分でつける
飛びたければ
自分で飛んでいく
(注)ダメにした詩集「長田弘詩集 現代詩文庫13 思潮社」