ひとり旅 上田一眞
雪解けの北陸を行く日 *1
色彩のない原野を急行列車は走った
車窓の向こうは
黒い土と水だけの広大な田畝
荒涼たる烈風の国
どんよりとした緞帳のごとき雲
一本の道に歩く人とていない
春だというのに
ところどころ雪が残り
まだ緑も来ない
ああ ここはいったい日本なのだろうか?
名前の知らぬ駅をいくつも過ぎ
ようやく
芦原(あわら)に停まった
小松まであと一時間 買い求めた
胡桃を掌で鳴らし
車席に身を深く沈める
時をとり崩すこころの砂時計
虚ろな意識のなか
へんてこな想念が湧く…
この地に生を得ていたなら
どんな人生を歩むのだろう
*
早春 北陸はいずこも
モノトーンで透明な景観をもつ
色が乏しいだけ 鋭く
あるものの存在が磨かれている
強く猛々しい
父なるもの
北国の風土が生み出した
〈日常性〉を振り払い
〈非日常〉を切り開こうとした
多くの卓越した人々
実業家 哲学者 思想家 作家
倅を追い立て
北国へのひとり旅に導いた亡き父
柔らかい温州蜜柑の地しか知らぬ
男に 荒削りな大地を見よ
そこに育った人を知れと
企図したに相違ない
「転向文学」で名高い
文学者 中野重治 その青春が *2
脳裏に去来した
こんな抒情詩がある
あなたは黒髪をむすんで
やさしい日本のきものを着ていた
あなたはわたしの膝の上に
その大きな眼を花のようにひらき
またしずかに閉じた
(後略) *3
豊かな調べ
好きな詩の一つだ
*1 1965年春山口県より石川県小松までひとり
旅をした
*2 中野重治 福井県出身の作家・詩人
*3 中野重治作「わかれ」より