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スレッドNo.4690

ひとり旅  上田一眞

雪解けの北陸を行く日       *1
色彩のない原野を急行列車は走った
車窓の向こうは
黒い土と水だけの広大な田畝

荒涼たる烈風の国
どんよりとした緞帳のごとき雲
一本の道に歩く人とていない

春だというのに
ところどころ雪が残り
まだ緑も来ない
ああ ここはいったい日本なのだろうか?

名前の知らぬ駅をいくつも過ぎ
ようやく
芦原(あわら)に停まった
小松まであと一時間 買い求めた
胡桃を掌で鳴らし
車席に身を深く沈める

時をとり崩すこころの砂時計
虚ろな意識のなか
へんてこな想念が湧く…

 この地に生を得ていたなら
 どんな人生を歩むのだろう



早春 北陸はいずこも
モノトーンで透明な景観をもつ
色が乏しいだけ 鋭く 
あるものの存在が磨かれている

 強く猛々しい
 父なるもの

北国の風土が生み出した
〈日常性〉を振り払い
〈非日常〉を切り開こうとした
多くの卓越した人々
実業家 哲学者 思想家 作家

倅を追い立て
北国へのひとり旅に導いた亡き父
柔らかい温州蜜柑の地しか知らぬ 
男に 荒削りな大地を見よ
そこに育った人を知れと
企図したに相違ない

「転向文学」で名高い
文学者 中野重治 その青春が    *2
脳裏に去来した

こんな抒情詩がある

 あなたは黒髪をむすんで
 やさしい日本のきものを着ていた
 あなたはわたしの膝の上に
 その大きな眼を花のようにひらき
 またしずかに閉じた  
 (後略)              *3

豊かな調べ
好きな詩の一つだ




*1 1965年春山口県より石川県小松までひとり
旅をした
*2 中野重治 福井県出身の作家・詩人
*3 中野重治作「わかれ」より

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