ターミナル 静間安夫
「課長、おはようございます!」
「おっ、早いなお前、今日の出張やる気十分じゃないか」
「ありがとうございます!
新幹線に乗る前にコーヒー買ってきましょうか?」
「○○さん、お久しぶり、元気そうじゃない!」
「あら、△△さんこそ なんか若返ったみたいよ!」
「相変わらず口がうまいのね。でも、実を言うと
今日からの同窓会旅行に備えてエステに通ったのよ!」
数多くの人たちが
コンコースで待ち合わせ、
笑いさざめきながら
あるいは心地よい緊張を感じながら
日本中のあちこちへ旅立っていく
よりにもよって
そんな光と喧騒にあふれ
活気に満ちた場所のすぐそばで
彼女は見つかったのだ
コンコースの脇に並んでいる
コインロッカー
そのひとつの中に
老女は身を屈めるようにして
横たわっていた…
犯罪に巻き込まれたのだろうか?
でも遺体に外傷はなく
もしかしたら何らかの訳があって
困り果てた家族が
スーツケースを棺がわりにして
狭苦しいコインロッカーに
押し込んだのかもしれない―
しかし真相は闇の中だ
遺体を基に
その姿を復元したポスターを見ると
故人は痩せて白髪混じり、
ベージュ色のカーディガンを着て
自分の身元を教えてほしい、と
遠慮がちに訴えている…
ところが情報はさっぱり集まらない
老女はいったいどこの誰なのか?
今もってわからないまま
三回目のお盆が近づいている
だから 彼女の魂は
ここに留まるより仕方ない
コンコースの脇でむなしく
待ち続けるよりほかないのだ
残された者の務めは
未だ現れない
遺骨の引き取り手を捜して
魂の帰るべき場所を
見つけてやることだ―
遺骨を納めるべき場所に
納めてやることだ
ここを終の住処としないために…
だが その仕事は容易ではない
果たして
彼女がターミナルを旅立てる日は
来るのだろうか?
懐かしい人に再び巡り会い、
たとえばこんなふうに
語りかける日は来るのだろうか?
「おじいさん、やっと追いつけました。
これからは、ずっとずっと
いつまでも一緒にいれますね」