父の日記 津田古星
九十二歳で他界した父が
長い間日記をつけていたのを 知っていたので
私はそれを読んでみた
若い頃から何十年も欠かさずに
毎晩机に向かう姿を見ていたのだが
残されていたのは五年日記二冊のみ
父が七十歳から八十歳までで その後は無かった
八十七歳でアルツハイマー型認知症と診断されたが
その数年前から日記が書けなくなっていたのだろうか
その日にあったことが思い出せなくなっていたのかも知れない
父の日記は
農作業の内容 外出先 買った物 来客
家族の動向 贈答品のあれこれ
ごく普通のありふれた日常で
事実のみを記し 感情は一切書かれていない
達筆ではないし、度々誤字もあったが
内容を読み取るには困らなかった
日々の記録は
父がいかに 家族 友人 隣人のために
時間と手間を惜しまずに働いたかを表していた
妻の通院や外出の送迎 時には孫を学校に送り
親戚の病気見舞い 自治会の仕事 老人会の行事
すべて父は自分で車を運転して行く
手ずからとろろ汁を作ると
妻の姪に鍋ごと届けることもあった
お寺に嫁ぎ障害を持った子を育てている姪が
忙しいだろうと察するからだ
ただひたすらに野良に生き
名も地位も求めず
日々の暮らしを丁寧に紡いだ父は
人のために
自分の時間と労力を使う事こそが
愛なのだということを
日記で教えてくれた