悲しい教え 温泉郷
思うに恥ずかしさにも種類がある
すぐに忘れてしまえる恥ずかしさ
自尊心から忘れられないだけの
身勝手な恥ずかしさ
忘れることがなくふとよみがえり
教え導いてくれる
教師のような恥ずかしさ
小学生のころ飼っていた気性の荒い雄ネコが
喧嘩をして眉間に深い爪傷を受けて化膿し
エサを食べては吐くようになった時のこと
私はネコが吐いたエサを片付けるのが嫌で
台所の母に「また 吐いたよ」
と言いつけに行った
そのときの私の顔は
実に小賢しく迷惑そうに
ネコを責めるような表情だったろう
普段口うるさい母も同調して
しかめ面くらいはするだろうと
思い込んだ顔だったろう
母は何も言わずに雑巾をもってネコに近寄り
いくら吐いてもええからね
そのかわり 早く良くなりや
と言った
私はどこかに行ってしまいたいような
居心地の悪さを感じた
それは同時に軽い痛みを伴っていた
ネコは病院で治療を受けたが
死期を悟ったのか 家を出ていなくなった
見かけた人から聞いた場所を頼りに
何度か探しまわったが見つからなかった
ネコが死んだのは自分のせいだ
そう思った
あのとき
自分も母と同じことが言えればよかった
そう思った
今でもときおり
あの母の言葉がよみがえる
なぜか その言葉は
いつも悲しそうに響いてくる