「痛い」とは、言えない心臓。 佐々木礫
指先の小さなささくれ。いつも気になる。いつか大きく剥がれて、血が出て来そうで。
ふと顔を上げる。目前には、透明な、浅く広い湖。
その中に一つ、ささくれ立った心臓。動脈から血を噴き出して、浅い湖を必死に進む。
その度に半身が水底に擦れて、濡れた傷口が一つ増え、水面に浮き出た傷口が、乾いて新しい鱗になる。
「いつか干上がった湖の、赤味がかった底を見て、あいつらはなんて言うかな」
そう言った彼は、静脈から涙が出て来て、立ち止まった。けれど、すぐに身体はドクンと波打ち、血を吹き出して動き始めた。
指先の、小さなささくれ。その隙間から血が滲んだ。死ぬまで動き続ける心臓が、今も遠くで、一人静かに涙している。