天泣そして天弓 人と庸
「どうしようもないこと」と「変えられないこと」の間を 電車が走っています ふたつのことは同じなので 電車は環状に走っています 電車にはたくさんの人が乗っていて 少しぴりっとしています そんな中でも人々は わずかな隙間を見つけて そこを居場所にします
電車は毎日走ります 昨日も走りました 明日も走るでしょう 同じところをくるくると 同じ大きさの円をくるくると 一日に何回も描きます あまりに毎日おなじところをなぞられるので 線路はときどき 竜巻になりたいと考えます でも人がたくさんいると 上昇気流は起こりにくいのです
途中の駅で降りてもいいのです 電車を降りて 改札を抜けて 駅舎を出て だれでも どこへでも行けるのです でもたいていの人は そのまま電車に乗りつづけます
電車は今日も走っています 見慣れた景色 見慣れた顔ぶれ 電車は環状にくるくるまわります 車輪もくるくるまわります いつもと変わらない今日 変えられない今日 せまい車両のまんなかで ひとりの人の両の目からとつぜん 涙があふれ こぼれました どうしようもないのは知っている 変えられないのも知っている でも涙はとどまることをしらず 次から次へとあふれ出ます その人は 自分が泣いているのを人に見られるのは かまわないと思っていました ただ 「大丈夫?」ときかれることを何よりおそれていました でもその車内で その人にそう話しかける人はいませんでした
電車が駅に停まったときに その人は その涙と同じように いっぱいに いっぱいになった器から 外に飛び出しました
外は晴れていました でも 空は泣いていました 霧のように細かな雨粒が ひとつひとつ光をつつみ込んで 幾億も幾兆もふりそそいでいます それらが黄金色のカーテンを織り 陽の光はそれを透いて 目に飛び込んできます
その人は しばらくそれを見ていました ながくてみじかい間 それに見とれていました
もう行こうと振り向くと その方向には虹がかかっていました 消え入りそうに淡い色彩を塗りのばし 非現実的な壮麗さを空に掲げています
これはだれのしわざだろう あまりにできすぎているこれらの現象との邂逅に その人は笑いました 笑いながら泣きました
このできごとが 毎日も自分もなにも変えないのを その人は知っています
でもその人は 駅を出ることなく 次に来た電車に ふたたび乗り込みました
電車は今日も くるくるまわっています