祐の成長 上田一眞
小さな祐はお魚が大好き *1
きらきら光るバリゴが欲しかった *2
祐のおじいちゃんは悲鳴を上げた
それ触っちゃ駄目!
背びれに鋭い毒針を隠しているバリ
バリゴは小さくても凄腕の殺し屋だ
小さな祐は半べそで
必死になって叫んだ
たけすて〜(助けて) *3
*
あれから三十年の歳月が流れた
ここは房総半島 野島崎
祐と ひぃさん(祐のお嫁さん)と 私
三人で釣りに来た
バリゴが一匹サビキにかかった
お〜い 祐
たけすて〜(助けて)
祐は苦笑いしながら
駆け寄ってバリゴをはずしてくれた
台風の余波もあって風強く
釣りにならない
場所を変えて
風の当たらない小さな波止場に来た
潮は大潮 潮通しがよく
濁りがあって海中がまったく見えない
餌取りの小魚もいない
二時間ばかり粘ったが当たりがなかった
祐とひぃさんは
腰を落として何やら相談をしている
そのとき
ボチャ!
あっ とひぃさんの悲鳴
祐がスボンの後ろポケットに差し込んだ
スマホを海に落してしまった
・・・
・・・
おもむろに
祐はタモ網を取り出し
海中を探り始めた
水深は二メートル余
タモ網がようやく届く深さだ
ああっ まずい!
タモ網の首から先の部分
ネットが水中で柄から外れて
海底に沈んでしまった
万事休す…
だが
祐は諦めない
短い釣り竿を取り出し
鈎のついたルアーを括りつけ
海中を探った
何度も何度も
私も助勢しようと
ルアーを海へ放り込もうとしたところ
祐がうまくネットを探り当て
引き上げた
ネットを再び柄の先に嵌め込み
海底をまさぐった
何度も何度も
繰り返し
繰り返し
人間の焦りを横目に
小さい海亀がのんびり泳いでいる
海水がますます濁り中はまったく見えない
潮も絶え間なく動いている
スマホの位置もよく分からず
とても掬えまい
私は
諦めろ スマホは買ってやる
と祐に言った
祐は無言
位置を変えながら さらに
海底をタモ網で掬っている
二十分くらいたった
何度海底を探ったことだろう
タモ網に光るものが入った
スマホだ!
凄い
凄い
凄い
ひぃさんは夫に飛びついた
私は倅に言った
たいしたもんだ
なかなか出来るもんじゃないよ
*
最悪の事態に直面し
諦めることなく
自分の出来る最善のことを考え
冷静に行動する
愚痴や悪口も言わず辛抱強く
善後策を考え
実行する
私は
小さな祐が成長し
立派な漢(おとこ)になったのを知った
釣りはボウズだが
祐の成長は
父にとって
素晴らしい釣果だった
*1 祐 私の長男
*2 バリゴ バリ(アイゴ)の幼魚
*3 たけすて〜 助けて
幼い祐は言葉がひっくり返った