水兵ソデビーム氏の愛 松本福広
水兵ソデビーム氏は
今日もその勤めに粛々と励んでいる
アスファルトグレーの海原が広がる
彼の担当する区域は
船の行き来が絶えない場所にある
船に乗った小人たち
一人一人の顔をうかがいしることはできない
船首とマストが強く自己主張している
没個性で人間がそこに描かれていない
ソデビーム氏は休みなく立ち続けながら
そんな船たちを眠らず見送っている
何もないことが多い
何もなければいい
自分はここにいるだけでいいのだ
何もないことを祈り
そこに立ち 見守り続ける
人からは名前を忘れられ
人からは目的を忘れられ
感謝の言葉などかけられることもなく
それでも立ち続ける
勤めとはそういうものかもしれない
有事の際に 彼は「守る」ために立つ
暴れ狂った船を受け止める役として
暴れ狂った船が人を傷つけないように
暴れ狂った船の中の小人をより傷つかないように
誰かを被害者にも 加害者にも
これ以上させないために我が身を犠牲にする
彼は知っている
起こってしまったことは取り消せないのだと
小人たちは仲間同士で花をみせあう
アスファルトグレーの海が
太陽にせせらぎ光に満ちた日には
彼だって 彼等だって 小人だって
同じように目を細める
鉄面皮の下で何よりも敬虔に愛を信じているのだ
酷暑にも 厳寒にも 耐えて
彼がそこにいるのは
彼の務めであり、愛であり、信仰に他ならない
※ 本来、ここまで書かない方がいいとは思いますが、評がしやすいよう明記しておきます。
袖ビーム……ガードレールの画像に乗せた丸くカーブした部分です。