砂漠を見てから
高校生の一人息子が
毎日 自転車で帰ってくると
物置の戸をガラガラと開けて
自転車を中に入れる
息子が卒業して親元を離れ
夕方になっても
物置の戸がガラガラいわなくなったら
それが寂しくて
自分の人生のこれから先に何も見えず
ただ広漠たる砂漠しかなかった
何かをしていても
居ても立っても居られないような
不安感に襲われて
メンタルクリニックに駆け込んだ
処方された薬を服用して休んでいると
友達が心配して来てくれた
お茶を飲んで話していたら
「あなたが子育てが終わって
こんなふうになるなんてガッカリ。」と言われて
励ますつもりで言ったのかも知れないが
(そんな言葉を言うあなたにガッカリ)と思った
夫は 妻が一日のほとんどを
横になって過ごし 笑顔も見せない状態に
何も言わず見守って
それでも食事の支度も掃除も洗濯も
滞りなく行われていることに安心してか
毎日不規則なシフトの勤務をこなしていた
少し良くなった時 私が
「私は砂漠を見た。嘘でもいいから
大丈夫と言って欲しかった。」と
静かに訴えたら
「嘘は言えない」と答えた
正直な夫であるが
私はそれまでいつも家族に
「大丈夫、何とかなる、何とかする」と言って
口に出した事は実現できるように
頑張ってきたのに
夫にはそれが見えなかったのか
体調の優れぬ日々に
毎日欠かさず、家事を続けてきたのも
どれだけの工夫と努力が要ったか
夫にはわからなかったのか
私は努力の方向を間違えたのだろう
私の砂漠の向こうに
ラクダでも通らないだろうか
どこかにオアシスはないだろうか
昼間は何も見えなくても
砂漠の夜空は満天の星が見えるはず
いつかそれらを見るために
私は私を喜ばせる練習を始めることにした