塩になる 荒木章太郎
パティシエの俺は
甘さを極めるため
塩を求めた
バリスタの君は
安らぎを極めるため
苦みを探した
二人で愛を極めるために
求めたのは塩だった
いや、違う
俺が塩になり
君と海になる
水平線を引けば
太陽が昇り
二人は焙煎士になった
太陽の焙煎機で
生豆を焦がして
漆黒の闇に
濃淡と調子を描く
苦み、甘み、深みを纏った
コーヒーとスイーツは
時の流れを創る
知性と感性が重なり合う
洞窟という名の体験の場で
だが、俺たちが作る甘味は
誰も依存させない
ほのかな物足りなさを
物悲しさで満たすだけ
消費者の欲望は怪物だ
刺激を求めて彷徨い
より強い刺激を求める
時間をかけず
うわべだけ平らげて他へ行く
その流れに君は飲まれて消えた
レシートの裏に書かれた
愛のレシピは
時の手垢で黄ばみ散らばる
俺はそれを拾い集め
火を灯す
最後の卵を割り
俺の塩で焼いたパンに
乗せて食べた
愛の魔法が解けた後
あるべきものが
あるべき場所に
帰っていく
俺は潮風になり
新たな海を探す
甘味を生み出すために