穴 上田一眞
地面に穿った井戸に似て
私のこころにも
深く深く抉られた
穴がある
その存在に気づいたのは
いつ頃からか…
幼い時分だ
中はブラックホールのごとき
欲望と情念渦巻く
モノクロの混沌世界
清く正しく生きるのだと
己に恥じることのないようにと
いつも
穴の存在を恥じ
蓋をした
無いことにしようともした
でも土壇場ではいつも穴が顔を出した
破廉恥
嫉妬心
自負心
名誉欲
穴はアメーバのごとく自在に姿を変え
めくるめく
倒錯の世界をかたどった
ああ 無限に続く煉󠄁獄
*
裏庭にあった古井戸
赤く錆びた手押しポンプが鎮座していた
石を踏み
井戸端に座り込んで井戸の中を見ると
輪郭しかない顔が写っている
影絵のようだ
水鏡に写るおまえは誰?
私の化身か
なぜ顔なしなのだ
邪で不埒な奴め!
井戸に〈孤独〉を投げ込んだ
ぽちゃん と
平べったい音がした
でも
こころの井戸は何も応えない
顔なしが
美味しい美味しいと
食べてしまったに違いない
きっとそうだ
*
ある冬の日 かみさんに
こんなことを言われた
私が気づかないとでも思っていたの
あなたの中にある闇
暗くて深い穴
古井戸
あなたが何をしても駄目よ
たとえそれが文学だとしても
穴に放り込んでも
無駄よ
埋まりっこない
あなたは
サイコパスだもの!
*
かみさんの言葉に
喫驚の声を漏らし…句読点となる
絶句し
滂沱の涙が溢れ
おのれの性(さが)に身が凍った