宝石 相野零次
男女が数名 そこにいた
宝石はひとつしかなかった
最初はおだやかな話し合いであった
だんだんと口調がきびしくなり
身振り手ぶりも激しくなった
一名の女が 男のほほをはたいた
はたかれた男は女の髪をひっぱった
そこからは無残なありさまだった
言葉などなしに 暴力がふるわれた
最初は男が優位だったが
女も歯をたてたり爪でひっかいたり
手段を選ばなくなると
眼に見えて手加減がなくなっていった
やがて殺意がはっきりと加わっていくと
数名の男が優位にたった
明らかに体格が他のものを上回っていた
血まみれの三名の男が残った
実力はほぼ互角のようだった
格闘技の経験があるのだろう
傷も他のものより浅かった
簡単に勝負はつかなそうだった
互いにけん制しているようだった
沈黙は突如やぶられた
打撃をくらいうずくまっていた
女のひとりが男のひとりの足に思い切り嚙みついたのだ
男はうめいた
チャンスとばかりにもう一人の男が動いた
足にくらいつかれた男の顔面に思い切り拳をふるう
噛みつかれた男は意識を失った
打撃を加えた男に隙が生まれていた
その有り様を見ていたもうひとりの男は見逃さなかった
強烈な回し蹴りをはなった
拳をふるった男のあごを直撃した
それで勝負は決した
まだ足に歯を立てていた女の頭をあっさりと踏み抜くと
動けるものはもう回し蹴りの男しかいなくなった
男は返り血をあびて真っ赤になった宝石に
手を伸ばすとうれしそうに血をなめた
これひとつでどれだけの価値があるかわからないが
殺人さえも厭わないことから高い価値がうかがわれた
男は宝石を持ってその場を去った
数名の男女の苦しんでいる声が残った
断末魔の叫びをもらすものもいた
糞尿をもらしているものもいた
地獄絵図だった
どうしてこうなったのだろう
なぜみなで分け与えることができなかったのだろう
紙幣に交換して平等に分け与えることもできたはずだ
宝石が置かれていた台座に
文字の描かれたプレートがついていた
そこにはたった一言の文字が描かれていた
「勝者」
宝石の名前かも知れなかった
勝者のみに託されるという意味かもしれなかった
それがこの惨劇の答えかも知れなかった
あくまで想像の域である
そのあと男女はどうしただろう
宝石はどうなっただろう
やがて油で灯されていた室内の明かりは消え
うめき声も消え
沈黙だけが残った
その後の男女と宝石の行方を知るものはいない
死んだ者も生き残った者も哀れだった
宝石を手にしたものが勝者となったのだろうか
宝石が本物ならばそう言えるだろう
偽物かもしれなかった
それはもうこれ以上語れるべきものではなかった