漫画 相野零次
マントを羽織った子供が空を飛んでいた
全身黒タイツの男が美女を追いかけまわしていた
飛行機からパラシュートで人語を喋る鳥が飛び降りていた
ここは漫画の世界だった
水たまりから大きな人型のスライムが立ち上がり
雨の中から二次元でペラペラのライオンが吠えた
何もかも無茶苦茶で理不尽だったが
漫画なのでそれは許された
突然
空が斜めに引き裂かれた
老人の顔をした大きなゾウも巻き添えを食らって引き裂かれた
老人のゾウは絶命した
この理不尽な漫画の世界にも命は存在した
引き裂かれたのは空ばかりではなかった
地面も家も公園も学校も全て引き裂かれていった
絶叫しながら逃げ惑うデタラメな住人たち
一体何が起きたのだろう
巨人だ
とてつもなく大きな巨人が この漫画のような世界を
いや この漫画そのものを引き裂いていたのだ
よほどこの漫画がつまらなかったのだろうか
巨人は憤慨しながら本をばらばらに引き裂いた
ばらばらにされた本で暮らしていた命はほとんどが失われた
ああ なんということだろう
巨人はそれだけでは怒りが収まらなかったのか
本を焚火にくべ始めたのだ
憐れ 本は全て灰になってしまった
灰は木枯らしに撫でられてびょうびょうと飛んで行った
それは嘆きの声のようだった
怒っていた巨人はそれで満足したようだった
額の汗をぬぐってにたりと笑った
そのときだった
怒っていた巨人の世界は全て海に沈んだ
巨人はしばらくもがいていたがやがて窒息して死んでしまった
魚たちだけが生き残ったようだった
そこも 漫画だった
それも 漫画だったのだ
バケツ一杯にくまれた海水の中へ漫画が丸ごと放り込まれたのだ
それもまた別の巨人か他の何かの手によって行われたのだった
この不可思議な漫画のような世界は
合わせ鏡のように無限に続いているのだ
いつから存在するのかはわからない
誰が作ったのかもわからない
しかしそんなことは誰も気にしない
ただ この漫画の世界で皆がそれぞれ思い浮かべた通りのことを実現し、行っているのだった
創造も破壊も自由だった
登場人物のあいだに優劣はなかった
だからなのかほとんどの漫画の世界は崩壊の一途を辿るのだった
もしこの漫画の世界のルールが
現在の現実の世界にも適応されたのなら
一瞬で世界は崩壊してしまうのだろうか
誰かの活躍や閃きで留まることができるのだろうか
それは誰にもわからない
今日も漫画の世界はおもしろおかしく理不尽に崩壊している