2月のチョコレート 津田古星
(1)
兄が高校生の時
たくさんのチョコレートを持ち帰ったらしく
小学生の私に笑顔で分けてくれた
私はただ美味しいチョコレートを
もらって食べただけで
何も思わなかったけれど
兄の中で 渡されて嬉しい相手と
さほど嬉しくない相手がいたかもしれない
私が初めて
チョコレートを贈った相手は
卒業試験の最中で
「不勉強が祟り苦労してます」と言って
追伸にチョコレートのお礼を書いてきた
本文に第一番に書かなきゃならないでしょうに
そう思って失望したけれど
返事は来たのだからと自分を慰めた
「チョコレートなど贈られたことがなく
恐縮です」と書いてきたから
私はその言葉のまま受け止めた
彼の言葉の裏を読み取ることが
出来なかった私は
そのあともずっと単純に
彼の手紙を読み
希望を持ったり不安になったりを
繰り返していた
愚かだったのか 幸せだったのか
毎年 光の春を感じる頃になると
店頭に並ぶチョコレートを見ては
苦い思いで その日が過ぎるのをじっと待つ
(2)
息子が帰って来て
テーブルに小さな紙包みを数個置く
「あら あなたずいぶん もてるのねえ」と
妻が食卓を整えながら言う
「みんな義理チョコだよ お返しはクッキーでいいな」」と息子
私は 思わず口を挟む
「お返しってするものか?」と
「やっぱりね お父さんはホワイトデーを知らないのよ
私がチョコレートを贈っても何も返したことがない」と
妻が息子に言いつける
その時 私は妻に贈られたものではなく
別の女性に贈られたチョコレートを思い出していた
昔、大学卒業間近の
2月中旬に贈られたチョコレート
最近 正月になると彼女を思い出す
年賀状のやりとりもしていないのに
何故だろうと考えて
ああ、駅伝で優勝を重ねる大学が
彼女の母校だった
妻に話すと
「チョコレートだけでメッセージがついてなかったら
義理だったかもね お礼は言ったんでしょう?」
「うん」と言ったきり黙っていると
「住所が分かるんだったら、ホワイトデーにこの土地の名産品でも送ってあげたら?」と言い
「その人のことを好きだったんなら送らないほうがいい」と付け足した
私は困った
何十年も経ってからお返しを送るのはおかしい
送らなければ 妻にその女性への気持ちを見透かされる
チョコレートにはメッセージがついていた
好きですとひと言
そして私は照れくさかったから
手紙の追伸にありがとうと書いた