MENU
1,018,131

スレッドNo.5113

ヒヤシンス  樺里ゆう

去年の一月
秋から水栽培で育てていた
ヒヤシンスの花が咲いた

夜中に仕事から帰ると
冷え切った部屋の中は
ヒヤシンスの匂いで満ちていて
嗚呼なんと幸福なことかと思ったものだ

匂いを嗅ごうとして
傾けた顔をそっと
薄桃色の花房に近づけた私は
まるで口づけするような格好だった

口づけなんぞ したことはないが

あの頃の私は ある人への
好意と 萎縮と 劣等感を
持て余していて
相手の発言の真意を 探りあぐねては
一人で勝手に悶々としていた
けれどもこんな感情を 己が抱いているということなど
私は絶対に 認めたくなかった

その人が結婚すると人づてに聞き
胸の真ん中をぎゅっと掴まれたかのように一瞬、
息が詰まった時でさえも

やがてその人も私も
それぞれ別の町に移ることになった

あの人に会わなくなれば
私を苛んでいた感情は 鳴りをひそめ
そのことに 私は心底安心していた

今年
私はヒヤシンスを
育てなかった

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top