ヒヤシンス 樺里ゆう
去年の一月
秋から水栽培で育てていた
ヒヤシンスの花が咲いた
夜中に仕事から帰ると
冷え切った部屋の中は
ヒヤシンスの匂いで満ちていて
嗚呼なんと幸福なことかと思ったものだ
匂いを嗅ごうとして
傾けた顔をそっと
薄桃色の花房に近づけた私は
まるで口づけするような格好だった
口づけなんぞ したことはないが
あの頃の私は ある人への
好意と 萎縮と 劣等感を
持て余していて
相手の発言の真意を 探りあぐねては
一人で勝手に悶々としていた
けれどもこんな感情を 己が抱いているということなど
私は絶対に 認めたくなかった
その人が結婚すると人づてに聞き
胸の真ん中をぎゅっと掴まれたかのように一瞬、
息が詰まった時でさえも
やがてその人も私も
それぞれ別の町に移ることになった
あの人に会わなくなれば
私を苛んでいた感情は 鳴りをひそめ
そのことに 私は心底安心していた
今年
私はヒヤシンスを
育てなかった