橙灯(とうとう) 上原有栖
夜 私は寝室の明かりを消して眠る
締め切ったカーテンの向こう側には今日も
ポッと優しく橙色の光が点いた
それは家の前に立つ街灯の光
窓から覗くと立姿が見える
私の生まれる前からこの街灯は家の前に在って
日が暮れると家の前の道路を照らしている
この光は私が眠りに落ちるためのお守りだ
私は恥ずかしながら暗闇が怖い
幼い頃に兄達に押入れに閉じ込められた苦い記憶が
二十歳を過ぎた今でも頭の奥に残っている
周りの全てが黒色に包まれる感覚
目の前にあるはずの小さな掌
涙で濡れた洋服を纏った小さな身体
ガクガク震える細い脚
何もかもが消え去って幼い私は居なくなった
あの日の私の泣いた声 (出して!出してよ……)
兄達の高らかな笑い声 (アッハッハッハッ……)
記憶に刻まれた悪夢
━━外の光に気が付いたのは偶然の出来事だった
家族の誰かが電気を使い過ぎたせいで我が家だけが停電をしたあの日
私が眠るためベッドに横になった時
突然 家の電気が消えた 全ての部屋の電源が落ちる
当然 自室も暗くなるはずだった 湧き上がる恐怖心
ところがカーテン越しに橙色の光が浮かび上がったのだ 思わず私はカーテンを開く 外の街灯の光だった
優しい光が暗闇を部屋の隅に追いやった
押入れに閉じ込められたあの時と違って輪郭がある
色白の両手 痩せぎすな身体 強ばる脚
私はぼんやりと橙色に染まった
私は隣の部屋に悟られないように静かに嗚咽する
頬を伝って漏れ出た悲しみは少しだけ温かだった
まさか街灯の光に救われるとは
充血した目と涙の跡が残った顔で微笑みながら窓の外へ呟いた ありがとう
その日から夜眠る時は部屋の電気を消すことにした
今日もカーテン越しに橙色の光が点く
まだ暗闇の恐怖を克服したわけではないけれど
私のことを守ってくれるものがある
それに気が付いた事で私の心は強くなれた
眠りに落ちる時 眼は閉じているから暗闇 けれど眼の奥に感じる外の街灯の優しい光
この瞬間(とき)も守られている 橙灯よ ありがとう
補足です。
この詩に出てくる橙色の街灯は一般的な水銀灯やLED灯ではなくナトリウム灯をイメージしたものです。
ナトリウム灯は水銀灯よりも低コストで雪や霧の中でも視認性が高いので、北海道など雪国やトンネル等でよく使用されているそうです。