喪失 温泉郷
川沿いの土手を自転車で
北へと向かう途中だった
周りの風景が歪んで見えた
空間が歪むということが
本当にあるなんて
気を付けて運転しなければ
と心の中では分かっているのに
体全体がふわふわと浮いてしまい
サドルの感触も
ハンドルを握る手の感覚もなく
ペダルをただ漕いでいた
このまま
消えてしまっても
いいと思って
タイヤから伝わる
砂利を踏んだ感じだけを頼りに
土手を
自転車で北へと向かった
北には下宿があるが
そこに帰って
どうしようというのだろう
失ったという事実
失った……
それを認めなければならない
失ったのだ
なのに なぜ
あの人の別れのあの顔に
疑念が浮かぶのだろう
まさか?
もしかして?
疑念が黒い影となってよぎった
自分の中で濾過したものの
澱のような何かが
今度はかなり
はっきりとした
輪郭をもって
硬く迫ってきた
サドルから伝わる
踏んだ石の感触が
軽い痛みに変わる
体中の感覚が歪み
北へ向かっているのかも
分からなくなってくる
空間の歪みは
どこまで続いているのだろうか
あの川の向こうの橋を越えれば
歪みは消えるのだろうか
橋が近づいてきた
いつも賑やかな橋の上には
人も車も見えなかった
見慣れた橋の赤い欄干が
よそよそしく錆びていた
橋は結界なのだ
あれさえ破れば……
しかし その先には
歪んだ空が歪んだ色のまま
どこまでも
ただ 続いているようだった