センスを閉じて、光の方へ 荒木章太郎
ふるさとも
これまでの経験も
沼地に沈み
悲しみに囲まれて
ずっと凍りついていたら
また新しい寂しさが吹いてきた
凍りついたのは
ずっと冬のせいにしていた
(身から出た錆で固まっていたのか)
錆ることは悪いことではない
わびさびとなり味になるが
錆びすぎると身体が動かなくなる
サビを落とすように泣くと
溢れる熱さで
身を動かすことができた
冬が過ぎて春に実るさみしさ
さびしいが
さみしいに変わった
口の中は沼のように黒く深いから
扇子で隠して汚れた唾が飛ばぬよう
言葉を紡いできた
俺はセンスを持っていたが
それを活かすことができない
扇子を使って
あらゆる言葉を創り出した
扇子は心の要をあらわし
扇形に対象とつながる
その骨格のせいで
隣同士が相互に交流できない
扇子を広げれば、言葉を飾れる
俺は扇子の影に隠れて
誰かの言葉を借りて、センスを翳す
だが、それを閉じれば、俺の声は消える
舞い上がることもできず
ボロボロにしてしまう
扇子を使って舞うこともできない
ああ、つまらない例え話だ
大したセンスではないから
真っ直ぐな光を恐れていた
その熱さで身を焦がすことを避けた
そして、いつでも身体を傾けて
斜めから物事に切り込む
いつからだろう
背筋を伸ばせば
熱すぎる声が浴びせられ
かといって
斜めに構えれば
何も届かず
ただ沈んでいく
沼に足を取られて
足場がうまく定まらない
沼に沈んで、背筋を丸めたまま、じっとしていた
動けば沈むことを恐れていた
じっとしていればいつかは抜け出せると思っていた
しかし、沼は待ってはくれない
沈むことを怖がってばかりでは
いつまでも浮かび上がれない
もう沼にいることを
恥じるのはやめた
背筋を伸ばすことにした
これまで見向きもしなかった
単純な日常を愚直に続けることにした
嫌われたり、傷ついたりしながら
寂しさを誤魔化さずに
冷まし、覚まして、味わい
削ぎ落として、研ぎ澄まして、澄ませる
扇子を手放し大きな口を開ける
耳を澄まして、澄んだ瞳を開く
嘘をつくことをやめてリアルを紡ぐ
もう、斜めに構えるのをやめた
物事と向き合い、真っ直ぐに切り込む
光を恐れない
俺は弱い生き物ではない
いや、弱い生き物は強い
弱さを見つめ、強さを知る
さみしいを
やさしいに変える