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スレッドNo.5196

窯の中の休息  温泉郷

廃業した豆腐屋の一階
大豆を煮る大きな窯が
濃緑の黴に覆われて放置され
かつて居間だった6畳ほどの和室に
二台の介護用ベッドが並んでいる
寝たきりの父親と車いすの母親
旧友の息子が一人で介護している

お前には一度
見せておきたかった

両親の交通事故で
店は続けられなくなった
自分も介護士として
シフト勤務で他人の親の介護をし
帰宅すると両親の介護をする

会うのはいつ以来だろう
若いころに背骨を悪くして
さらには
うつ病をわずらって退職
それ以来
介護士の資格をとったと聞いていた

慣れてしまうと
慣れてしまうんだ
この先に何があるのか
そんなことはもう考えない
施設には入れない
自分でみることにしている

父は耳が聞こえにくいから
耳元でゆっくり大きな声で話す
母は一人で立ち上がるには
一苦労だが
息子が仕事に出ている間は
車椅子のまま父の世話をする
コンロの鍋には
もう冷めてしまったお粥

今日も明日も
きっと1年後も
もしかしたら2年後も
もしかしたら3年後も
父母と他人の親を介護し続ける

かつて
地元では誰もが知っていた
老舗の豆腐屋
懐かしい窯
湯気が立ち上っていた窯

夏の涼しい休日には
親の昼寝に合わせて
あの窯の中でうたたねするんだ
あの中にいると
誰も見えないし 誰にも見られない

友は笑う

お前も一度入ってみるといい
やけに静かで
包まれたように
天井だけが見えるんだ

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