窯の中の休息 温泉郷
廃業した豆腐屋の一階
大豆を煮る大きな窯が
濃緑の黴に覆われて放置され
かつて居間だった6畳ほどの和室に
二台の介護用ベッドが並んでいる
寝たきりの父親と車いすの母親
旧友の息子が一人で介護している
お前には一度
見せておきたかった
両親の交通事故で
店は続けられなくなった
自分も介護士として
シフト勤務で他人の親の介護をし
帰宅すると両親の介護をする
会うのはいつ以来だろう
若いころに背骨を悪くして
さらには
うつ病をわずらって退職
それ以来
介護士の資格をとったと聞いていた
慣れてしまうと
慣れてしまうんだ
この先に何があるのか
そんなことはもう考えない
施設には入れない
自分でみることにしている
父は耳が聞こえにくいから
耳元でゆっくり大きな声で話す
母は一人で立ち上がるには
一苦労だが
息子が仕事に出ている間は
車椅子のまま父の世話をする
コンロの鍋には
もう冷めてしまったお粥
今日も明日も
きっと1年後も
もしかしたら2年後も
もしかしたら3年後も
父母と他人の親を介護し続ける
かつて
地元では誰もが知っていた
老舗の豆腐屋
懐かしい窯
湯気が立ち上っていた窯
夏の涼しい休日には
親の昼寝に合わせて
あの窯の中でうたたねするんだ
あの中にいると
誰も見えないし 誰にも見られない
友は笑う
お前も一度入ってみるといい
やけに静かで
包まれたように
天井だけが見えるんだ