MENU
1,158,363

スレッドNo.5206

月下の旅路  白猫の夜

とある望月の宵のこと
月は眺めておりました
ひとりがひとりの手を取るのを
その手が握り返されるのを
しかと見つめておりました

今から語るはとあるお話
突如真ん前に飛び込んできた
ふたりの人間の物語


神無月の晩のこと
虚ろな瞳で月を見あげて
涙を流す貴方の御手を
今宵 拝借致しまして
共に天へと参ることに

手を取り合って
髪を靡かせ
竹の林を駆け抜ける
頭をよぎった記憶はまるで
走馬灯でありました

共に堕ちれる地獄なら
天国に他ありません
幼い貴方は仰りました
ですが私は答えなかった
悲しげに笑った貴方の顔を
きっと来世も忘れるまい

いつの間にやら薮から飛び出て
真ん前にあるは大きな月
足元はおあつらえ向きとばかりに
広がる真暗の崖にございます

今更怖気付いた私の腕を
くいと引っ張って促したのは
ほんのり頬を染め上げた
あの頃のような貴方でした

ほら 一緒に
ひぃ ふぅ みぃ
思っていたより怖くはないね
だって今宵は満月だろう

嬉し涙を上に 上に
額を合わせて 足を絡めて
ひとつに混ざり合ってしまえば なんて
過ぎたことでありましょうか

ほら 一緒に
ひぃ ふぅ みぃ
互いに目を閉じ音を聴く
背後に近づく死の気配

ほら 一緒に
ひぃ ふぅ み

あの時貴方のお誘いを
断ったことを悔やんでいます
虚ろな心を抱かせたこと
心の底から悔やんでいます

胸の上にある肉体の
鼓動が遅くなっていくを
温かな赤に包まれて
安堵したように眠る貴方を
動かない腕でかきいだく

互いに冷たくなりゆく体温に
安堵したのは私もです
ようやく貴方をこの世界から
救い出すことが出来ました

優しい者が割り食う世界に
貴方は決して似合わない
身勝手だとはわかっていますが
貴方の救いになれたこと
その見届けが出来たこと
それこそが私の救いでした

どうか来世は幸せに
私のあずかり知らぬところで
平穏に暮らしてくださいましね


息を引き取ったのは同じ刻でありました
なんとも偶然
いえ 必然と言えましょう
望月の見守る神無月に
世を儚んだ二人の旅路
願わくばふたり一緒にと
希わずにはいられません

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top