月下の旅路 白猫の夜
とある望月の宵のこと
月は眺めておりました
ひとりがひとりの手を取るのを
その手が握り返されるのを
しかと見つめておりました
今から語るはとあるお話
突如真ん前に飛び込んできた
ふたりの人間の物語
神無月の晩のこと
虚ろな瞳で月を見あげて
涙を流す貴方の御手を
今宵 拝借致しまして
共に天へと参ることに
手を取り合って
髪を靡かせ
竹の林を駆け抜ける
頭をよぎった記憶はまるで
走馬灯でありました
共に堕ちれる地獄なら
天国に他ありません
幼い貴方は仰りました
ですが私は答えなかった
悲しげに笑った貴方の顔を
きっと来世も忘れるまい
いつの間にやら薮から飛び出て
真ん前にあるは大きな月
足元はおあつらえ向きとばかりに
広がる真暗の崖にございます
今更怖気付いた私の腕を
くいと引っ張って促したのは
ほんのり頬を染め上げた
あの頃のような貴方でした
ほら 一緒に
ひぃ ふぅ みぃ
思っていたより怖くはないね
だって今宵は満月だろう
嬉し涙を上に 上に
額を合わせて 足を絡めて
ひとつに混ざり合ってしまえば なんて
過ぎたことでありましょうか
ほら 一緒に
ひぃ ふぅ みぃ
互いに目を閉じ音を聴く
背後に近づく死の気配
ほら 一緒に
ひぃ ふぅ み
あの時貴方のお誘いを
断ったことを悔やんでいます
虚ろな心を抱かせたこと
心の底から悔やんでいます
胸の上にある肉体の
鼓動が遅くなっていくを
温かな赤に包まれて
安堵したように眠る貴方を
動かない腕でかきいだく
互いに冷たくなりゆく体温に
安堵したのは私もです
ようやく貴方をこの世界から
救い出すことが出来ました
優しい者が割り食う世界に
貴方は決して似合わない
身勝手だとはわかっていますが
貴方の救いになれたこと
その見届けが出来たこと
それこそが私の救いでした
どうか来世は幸せに
私のあずかり知らぬところで
平穏に暮らしてくださいましね
息を引き取ったのは同じ刻でありました
なんとも偶然
いえ 必然と言えましょう
望月の見守る神無月に
世を儚んだ二人の旅路
願わくばふたり一緒にと
希わずにはいられません